第二次性徴変性症12
・退院狂騒曲開演


その日の夕方、菜緒の退院が決まった。紗里奈も心なしかホッとした表情を見せており姉と共に荷作りをする。
「すんなり決まったわね」
「生活面も問題無いって言う事ですね?」
護衛担当の新藤が頷く、保険の外交員に扮しているのは病院内に居ても不信がらないのだ。恐らく各国の諜報機関で秘密協定でも結ばれたのだろう……性別を自在にコントロールできる技術はある意味脅威だ。これは菜緒でも理解出来る。
「はい……手出ししたら速やかに始末する事になりますので……」
“死体すら残さない始末”とに聞こえたが聞かぬが花である、国防も治安維持も時には法的手続きをしない方がスムーズにいく事がある。
「暫くは彼女が護衛を担当します、入って」
スーツ襟ににマイクが仕込まれているのだろう……ドアが開く。
「陸幕二部第一捜査官 葛城 伊吹准尉です」
如何にも保険会社新入社員と思われる格好をした女性が入る。年齢も格好も菜緒や紗里奈に近い……だが目付きは如何にも国防に関わるモノが持つ目だ。
「私は別の仕事があるのよ……大学内までの護衛は難しいし、市ヶ谷も六本木もよくもまあ彼女を差し向けたわね」
この分だと反発する非合法組織が可也あると言う、これには国家が非合法の仕事に都合が良い人材が多いのだ……葛城も他の仲間と共に敵勢非合法組織を潰しており、その模様は決して報道はされない。
「同居する手筈になります、荷物は既に新居に運んでます」
「……」
「あっ、ベット下のアレに関しては部下も忖度してますので……」
菜緒が無口になるのも無理は無い、健全な男性にとってはお宝があったのだが……女性になった今では無意味に近い。




「茅野~~ぉ」
「あっ、美津子義姉さん」
玄関にて訪ねてきた兄嫁を出迎える日菜子、歳が近い言う事もあって頻繁に会う間柄だ。
「ごめんなさいね……急に訪れて」
「いえ……姿見とか本当に」
「いいわよ、アレ中っブラりんで流石にバザーに出す程出来栄えじゃないし、兄さんも後継ぎ育成の教材になったし……それより衣類とか大変ね」
「ええ、この先制服が無事になるか分からないわ」
社や正弘でも吹っ掛けられた喧嘩の末に制服一式を追加で購入しているが玲の場合もそうなりかねない。既に玲は一回上級生をぶん殴っている。
「で、どうなの?例の上級生?」
「まだ見つかって無いわ、社員も自分が居た半グレや暴走族の現役に声掛けているけど……既にここを出たかもね」
美津子はやれやれと思うが楠瀬運輸の社員はこの様な過去を持っているの方が多い。だからこそ警察も声をかけているのだ。玲の部屋に入ると茅野は鼻歌交じりで髪の毛を弄っていた。
「あっ、母さん」
「玲ちゃんの髪弄っていたの……」
「教えてだけ……ほら宇佐美にも」
茅野は剣道を本格的にした時から髪を伸ばして無い、やはり防具との兼ね合いもあるのだが姉の綾音と末っ子の宇佐美、それに同級生にも髪の毛を伸ばしているのでロングヘヤをアレンジする事は慣れていた。
「でも、石神先生が玲の事を知っていたのは意外だったね」
「入学式の翌日にね……社従兄さんや正弘兄さんの事を知っているから」
剣道部に誘われたが色々と考えて断っている。
「夜須さんからは峰沢の事は聞いている訳ね……」
「うん」
「変に尖って……どうしたもんかねぇ」
茅野の場合、剣道部顧問から情報を得ていた。
「あっ、菜緒さん退院決まったって」
玲はスマホのLトークを見せると日菜子も驚く。
「あら」
「その子の変性症?」
「例外的症例のね……ほら大型レジャー施設の粉塵爆発で重症になった人」
茅野も美津子も気がついた表情になる。既に菜緒の症例はマスコミに公表されたが本人の取材は禁じる事を通達していた。これには反発する声もあったが政府も合法的な報復を持ち出すので収まるだろう。むやみに情報公開して悲惨な事件に繋がればマスコミにも責任の一端が生じる、菜緒の場合がそうなる可能性が高くマスコミも自分にも責任が及ぶとなると引き下がるしかない。過去には変性症により女性になった人がマスコミの苛烈な取材で日本国籍を放棄した事例が出た時には幾多の業界人が転職を余儀なくされた。
「あっ、もしかして……高城さんの所の……」
「知っているんですか?」
「夫が学生時代に拳を交わした人で今は商社マンかな……」
美津子の言葉に玲も茅野も納得する。



「そっか、退院許可出たか」
「一安心だよ、大学も復学できるし」
陣は高城 丈介と話していた……数日前の仕事依頼にどうにかスケジュールのやりくりで決まったのでスカニアに低床トレーラーを連結して積み込み場所に来ており、創設以来の昵懇の運送会社が持つラフテクレーンを使っての積み込み作業を終えていた。
「申し訳ないな……本当に」
荷台にはチェーンとベルトにそしてカバーが被せられている年代物の機械を見て丈介は改めて言う。
「何、慣れっこだ……それよりもニッカが断るって何やったんだよ?」
「クレーム……しかもこっちの勘違い、お陰であちらの営業も喧嘩腰で前任者は地方左遷……今頃同僚が接待しているよ」
「……ご愁傷様、今回は対応出来たが……」
「次は出来ないか……はぁ」
「手間取るならこっちからも助け舟出すか?ニッカは全国区で数少ないゲテモノ輸送の先駆者だ……ウチよりも確実で運賃も抑えられるぞ」
ニッカからの仕事も年に数回は回ってくるので担当者とは親しい間柄だ。今回の事も一応話している事は丈介に伏せている。
「……助かる」
「こっちもお得意様との兼ね合いもあるからな……」
積荷の概要を聞いた時には陣も自分の所だけでは対応できないと踏んでラフテレーンクレーンを持つ所沢運輸に問い合わせてこちらはキャンセルが出たので対応出来た。本当に運が良い、
「あ~~人事も使えない奴らばかり採用しやがって……」
丈介の恨み節に陣は苦笑する。
「上の子二人も同じ業種だろ?」
「扱うモノが違うし、変に引き込むとナァ……合併とか買収なら仕方ないが」
丈介はこればかりは勘弁してほしいと思っているがあいにく今の経営陣とは縁が無い。
「同行するのか?一日かかりになるぞ」
頷く丈介に陣は彼の自家用車であるSUVを見る。少々草臥れている感もあるが高速道路の走行には問題は無いだろう。何よりも踏ん切りがつかないかもしれない。
「そう言えば菜緒になったけ?下の子」
「ああ……戸籍登録変更も済んだし退院出来るよ、ただ護衛がつくけどね」
「物騒だな」
「何せ例外的な変性症で狙ってくる連中が洒落にならない奴らだ……軍が動くのも無理は無い」
陣は少々離れている場所に止まる軍用四輪駆動車になっている民生仕様車を見る。気がついた時から近寄る事は避けた方がいいだろうと思っていたが丈介の言葉を聞いて確信した。間違いなく軍用拳銃を携帯していると見て間違いは無い。
「大丈夫か?」
「説明だと危ない所は潰しているそうだよ」
丈介は苦笑する辺り一般人には知られる事も無く“駆除”されているだろう。
「菜緒の写真」
スマホで撮影したのだろう、入院服を着た少女が映っており無理に笑顔を作っている感がある。
「随分背が……」
「別の意味で心配になるが……どうにかなるさ、玲ちゃんも可愛くなったようで……」
「結婚する時にどうなるかこっちが心配になる」
「……」
お互い様と言う表情をする。
「楠瀬社長、ラフテレーンクレーンの搭載終わりました」
ラフテレーンクレーンを持つ運送会社“所沢運送”の社員が声をかける。この運送会社から先導車と誘導車が出ている。誘導車には予備タイヤとコンプレッサーが搭載しておりパンクに備えている。
「おう、じゃあいくぞ……誘導車の前方に」
実は工業機械の届け先ではラフテレーンクレーンの手配が出来なかったので高速道路を使用する長距離移動を避けたいラフテレーンクレーンを建機運搬用低床トレーラートラックに載せる作業をしていた。




「うぁぁあぅ……胸が凄い」
玲は昨年まで小学校に登校していた小学生らに囲まれていた。言う事を聞かない小一数人をリーナが怒ってお漏らしさせた事もある……まあいい薬になったので親同士で決着がついた。
「こら!男子胸触るなぁああ!」
小学六年生の女子である宇都宮 薫が小三男子の服の襟首を掴んでいるのもリーナの影響だろう。玲は苦笑するしかない。
「楠瀬さん、忙しい時に……久しぶりに会いたいって言いだして」
「大丈夫……それよりも大分扱いに慣れてきたよね」
「はい」
嬉しそうにいう、時折見かけていたので安心していた。
「薫ちゃんの気持ち理解したわ」
彼女も小学生にしては巨乳の部類に入るので不審者に遭遇したと聞いて父親や道場の門下生らが警戒した事もある。
「あっ、楊さん」
「あら……みんな」
リーナが訪れたのは夕食の為である。小二男子が微妙な顔をしているのはやはり昨年のアレが尾を引いているのだろう。
「変性症の人が出たって学校でも話題になってましたから」
子供には独自のネットワークがあるのだろう。




東京都永田町、国会議事堂がある関係上政治経済の中枢である。与党本部ビルの一室にてその男は尋ねる。
「例の少女に関しては問題はないな?」
「はい、退院許可が下り陸軍幕僚二部からの護衛体制が整いました」
「危険な組織に関して制圧を進めてます」
……本国の諜報組織から切り捨てられた上に我が国と在日米軍に処分をさせるとは同盟国とは言え少々気が引ける。初老の男はため息交じりで言う。
「首相には全て報告をあげているな」
「はい」
その男は席を立つ、後は自分がいなくても勝手に事を進めてくれるからだ。何よりも今の首相は三世代目ながらも割と長期政権だ……まあ野党も何処か抜けているから有権者も見分けがつくのだろう。
「後は頼むぞ」
若手議員に経験を積ませるには良い仕事だ。まっ今頃でも厚生労働省と農林水産省は例のカラーパウダー追跡で大騒ぎになっているらしく双方の大臣も側近らに秘書を通じて差し入れの手配をした所だ。
「この分だと神田川にもいけんなぁ」
男はため息を漏らす。国会議員は毎食良いモノを喰っているイメージがあるがそれは間違いだ……実際はサラリーマンと同じかそれ以下の時が多い、近場の定食屋の丼飯や麺類がマシ無部類だ。
「だから、あの事故の時に手を打てといったのに!」
最も菜緒の様なケースが日本でも起こるとは思いもしなかった、既に米国では確認しているらしく漸く情報開示された資料を必死になって翻訳して貰っている。何せ米軍の定期便で届いたと言うから米国も菜緒のケースを知りたいのだろう。別の若手議員が声をかける。
「円城寺先生っ……ここは大丈夫ですから地元に」
そう、国会議員は金曜日には選挙区に戻り土日に地元有権者と触れ合う、月曜日には永田町に戻ると言う感じだ。
「そうか……たく、これ位俺が居なくても大丈夫だろ?」
「いえ、今の首相や党三役にガツンと言えるのは円城寺先生位です」
「褒め言葉か?」
「はい……寧ろ次は」
党三役か首相二とも言いたいのだろう、だが彼は首を横に振る。
「俺は裏方の方が向いているのさ」
そう、円城寺 卓也は元から国会議員になるつもりは無かった、ただのサラリーマンだ。だが父親は国会議員を務め兄は第一秘書として活躍しており何れは兄が国会議員になる筈であった……が、任期中に交通事故により二人とも死亡……地元の関係者に当時の党三役からの説得に折れた。当初は地元から有力な人材を探して選挙が来たら託すつもりが色んな事情が重なりそのままズルズルと議員を続けている。漸く秘書で政治家志望で有能な人材が来た……。
「五郎!」
「ばっちりですよ……先生っ」
顔は地方から出てきた気が良い兄さんと言う感じだが意外と起用であり秘書の仕事をこなしている。
「序にコレも貰って来ました、未確認ですがほぼ黒です」
それは例のカラーパウダーがある倉庫だ。その詳細資料を貰って来たのである。
「今防護服を着た職員で確認中です」
「……」
ばれないように天に祈るしかないが危機管理としては仕方ない。
「地元に戻ったらこなして貰いますから」
陳情に訪問……差し出された予定表が既に決まっているが仕方ない。国会議員は有権者がどれだけ居るのかで決まる。
「後三箸鴉会の其々の方が開きたいと……なんとかこの日に組みこみました」
「そうか……」
彼も努力しているのだ。
kyouske
2021年12月15日(水) 01時05分04秒 公開
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