第二次性徴変性症 20
・それぞれの夏へ 6


 怜は社の部屋で過ごす事になったが実家にある自分の部屋に似ている事に気が付いた。部屋の主は社屋の方に出向き最近の動向を知りたいらしく横山さんと話していた。
「風通しはしているから男臭くないと思いますが……」
「大丈夫よ、職場が野郎ばっかりだし」
あっけらかんと言う怜に茅野も苦笑するしかない。
「じゃあお兄さんによろしくね」
欠伸をするなり僅か数秒で寝てしまったのである。



仁が帰社したのは真夜中、別に珍しい事ではない……数日に渉る“航海”もあるのも楠瀬運輸の業務形態で父親である魁がバリバリに働いていた時には北海道から九州に沖縄と全土まで及んだ事すらある。
「沖瀬さんは寝たのか」
「あれだけ酒呑めばね、親父……もしかしたら」
「……彼女次第か?俺も祖父さんかぁ、いよいよ」
社の言動で仁も察した、案外意識はしていたか……。
「社、慎重にな」
「分かっているって……ああ、横山さんが息子さんと逢うってさ」
「確か離婚していたって聞いているぞ」
「まあな、彼が居なかったら俺は事務所に張り付いているさ……元銀行員だが出世コースに乗っていた事はある」
仁は苦笑するのも無理はない、とにかく口先だけの男ではない事は確かで中型や準中型にフォークリフトや運行管理資格まで取り揃えていたのだ。高卒か高校中退が最終学歴である社員の中では珍しく大卒である。
「後、朝一でタイヤ交換に来るからな……よろしく」
鍵の束を渡されると社はため息を付くが怜をここで寝かす訳にもいかない。




 翌朝、玲は胴着に着替え庭先に出ると既に将と正弘が組手をしていた。それを縁台で見る仁三郎……第一線を引いたとは言え長年の習慣から市場通いしており、自宅に戻れば婿と孫が組手をしていたのだ。これも盆や年末年始の風物詩である。
「おはようございます」
「おはよう、これは朝御飯がガッツリだな二人とも」
「いいえ、三人前ですよ」
日菜子の声に仁三郎も苦笑する。
「周辺走るから」
「気を付けてね~」
日菜子の言葉に将が寸止めせずに正弘の腹に拳を叩き込んだ。ガードが遅れた正弘は体がグラっと揺れた。
「マテ、ついていく!!!!」
玲は困惑するが父の眼は真剣である。兄を寸止めせずに足止めしたのだ。少し体が怠けたとは言えこの威力……よく工事現場に出入りするので時折だが各種職人で若手やら弟子とのトラブル仲裁にもしている。


「……えっ、宇佐美ちゃんが仁伯父さんの子供じゃない?」
「明確に言えば叔母さんの姉の遺児だ……彼女も流産で気落ちしていた所に長年音信不通だった姉の居所が分かった。連絡をして来たのが警察と宇佐美ちゃんの父親になる筈だった男とその関係者だ」
軽く走りながら将は玲に分家の闇とも言える秘密を話していた。
「……宇佐美ちゃんは知っているの?」
「知らないさ、ただ母親の実家には彼女の位牌と遺影があるから顔だけは知っている……幸い血液型が同じだったから学校に提出している戸籍謄本のコピーではバレてない。ここまでして隠しているのは宇佐美ちゃんの本来の父親が芸能界で活躍している方だ」
「どうしてこんな話を」
「玲は女性になったんだ、子供を宿す事も出来る年齢だ……だが子供を育てるのは一人では難しい。ましてや遺児にする事はダメだ」
玲は何も言えなかった、恐らく本家にも知られているので当時のやり取りが修羅場になったのだろう……。
「だから、神山さんや周防教授はあんなことを」
「二人が色々と介してくれたからな、正直言えば宇佐美ちゃんを手元に置けたのも日比谷先生の古巣の力が大きい」
宇佐美の本来の父親の名は伏せたと言う事は有名な方で家庭持ちなんだろう……玲は淡々と走る事にした。





楠瀬運輸に早朝、カラフルな四t車が仁のスカニア横に止まりタイヤ交換作業をしていた。創業時から世話になっているタイヤメーカー直営店所属のロードサービスカーである。店舗自体は大型トラックやトレーラーも対応しているが作業スペースをほぼ占拠する事もある事や大型トラックやトレーラーを牽引するレッカー車になると限られる、状況次第ではこのロードサービスカーでの対応の方が良い訳だ。
「はっ、はっ!社も大変だったな。いきなり有休消化って」
「おやっさん、相も変わらずですね……」
タイヤメーカーの作業服を着た男性は会話しつつも摩耗したタイヤを外して新品のタイヤを機械ではめ込む作業をしていた。社にとっては父親みたいな人物である。
「社長はどうした?」
「横山さんが持ち込んだ案件対応、息子さんが大型機械メーカーに勤めているけど出荷でトラブっていてね……心配になったから会社同僚に頼んだ」
「???」
「女性社員だから自宅の俺の部屋に寝かせた」
おやっさんの顔は苦笑する、そりゃあ一緒に居たら男女のアレに及ぶのは目に見えている。まだ年頃の妹が居るので配慮したのだろう……。社らしい配慮におやっさんも薄ら笑いをする、バカ息子もこれ位配慮すれば高校卒後から半年でできちゃった婚をせずに済んだモノを……。色々と早まったが今でも嫁さんの実家に赴き色々と作業をしているようだ。
「社ぉ、そろそろ家庭もたんと手遅れになるぞ」
そのバカ息子はせっせとタイヤを装着していた。いわゆる不良でバイクによる迷惑行為もしていたが引退当日に社に叩きのめされた以来の付き合いである。
「タイミングよくな……」
社はげんなりとした表情になる。




楠瀬運輸社屋にある応接間に横山さんの息子である横山 一路と先輩社員は魁と仁に運ぶ製品の写真や図面を見せつつこれまでの経緯を説明し終えた。
「ニッカでないと無理ね、研究班にあるカーテンサイダーや自働幌展開トレーラーには搭載できるけど納品先での荷下ろしになるとクレーン免許を持っている社員は少ないわ」
怜はボソッと言ってしまったので社員証を見せた。
「研究班?」
「簡単に言えば各種事故の対策や各種資材の開発や試験も行います、当然車両も対象になるので」
一路も噂は耳にした事はある、荷物事故の解決方法から車両の試験運用までする部署の存在……そりゃあ小口では流通大手だ、この様な部署があっても不思議ではないが機密性が高い部署とも言える。
「月纏契約の状況は」
「確か取ってます、本社と支社に工場との書類やアフターパーツの発送もある」
「じゃあアフターパーツの分をニッカに振り替えましょう」
「「「「!!!!!」」」」
四人とも驚いたが横山だけはニッとする。
「つまり、デカい荷物だけを使うのではない訳か」
「黒馬は確かに集荷の時間帯やベースへの荷揚げ時間が遅い反面、荷物事故もある。書類は機械図面の設計図もある」
横山の言葉通りだ。怜は自社の契約先を倒産させない為に商売敵に塩を送る算段をしている……因みに工場がある営業所の社員は休暇であったが早朝、怜のメールで慌てて連絡しておりこの場の会議を音声で聞いている。
「ニッカも営業所に発送品を持ち込みすれば値引き率が上がる、しかもウチよりもお得になるわね」
「よくごん存じで」
「ベースにも営業所があるし、各県にあるベースなんてニッカとは“ご近所”って言うのが殆どだからね……」
研究班は早急に荷物を運ぶ事も多々あり、黒馬のベースがある所にニッカの施設がある事も珍しくない……。
「ーその方向性でいきましょうー」
工場がある地域を担当する黒馬のSD社員は云う。やはりアフターパーツの荷物事故が時折起こる事にうんざりしており本社研究班に相談していた矢先に怜からの提案にノッてみた。
「ーニッカの営業ドライバーとは酒を呑む仲だ、探りは入れてみるー」
「ありがとうございます」
「ーいや、お礼を言いたいのはこっちさ……支店長から話は聞いてはいたがヤリ手だ……ー」
怜としては仕事をしてしまったので報告書やら作成する必要があるが暇潰しにはなった。
「社長、タイヤ交換終わったからサイン……」
社が応接間を覗くなり、伝票を父親である仁に渡す。
「この荷物か……他の運送会社は無理か?」
「デコトラ嫌いでね、前の担当者が散々詰ったらしい。その中にはニッカに協力する会社も含まれていたからなぁ」
横山がヤレヤレと言う表情に社は天を仰いだ。親父ならそいつをぶん殴っているだろう……。
「会長が旧友の所と“交渉”している」
軽快な話声ではない魁を見て社は分かっていた、こんな時は可也難航している……。
「すまんな、部下の肉親絡みで……」
魁はニッとする。
「今回に限って引き受けると言う事じゃ、ただ運賃に関しては勉強(=値引き)は出来ん、厳しい事になるぞ」
一路の隣に居た社員は直ぐにスマホで連絡する。工場に張り付いている同僚に向かわせる為だ。




朝のトレーニングが終わり朝飯を終えた玲は課題を計画的に片づけていく、ここら辺は日菜子がしっかりと躾けたらしく、空手が大好きな玲の性格を上手く利用していた感もある。将も溜まっている書類作成をノートPCでしつつも玲の課題を見ている。
「正弘は?」
「営業所に留めてある配達物を取りに行かせてますから……」
今の時期はお歳暮シーズンなので意外と配達物が多い。多くが将が世話をした職人さんやその親方やらであり仲人を務めた事もある。
「日菜子、家で何処か不具合とかないか?」
「特に……ほら、お父さんの常連には大工さんもいたからねぇ」
「そうか」
その横には夏海も夏休みの課題に取り組んでいた。
「なっち~きたよ~」
「浬ちゃん」
誠一の長女である浬(かいり)が顔を見せる、高校二年である。
「玲、ここまで育ったの」
胸囲の格差とはよくいったもんだ。浬の表情に玲は薄ら笑いをしていた。
「浬も黒くなったな」
「うん、陸上部に居るからね、今年も合宿無しだし」
将の言葉に浬はニコッと表情が和らぐ、因みに通っている高校では“結果より参加する事に意義がある”と言う方針らしく部の方針上合宿はしてない。
「だから、夏休みの課題終わらせないと塾の方にも影響が出る」
「大学行くんだ」
「う~ん、志望校は絞ったけど地元の方がいいのかぁ?」
「そうだな……俺は東京の郊外にある私大に行ったが、今思えば親父らに苦労させたなぁと……」
正弘が大学に進学しなかったのは予想外であったが篝との関係や正弘の性格をを思うと理解はした。最も学歴に拘っていると社会ではやっていけない……現に建築現場では高校中退者だった言う同年代も珍しい事ではない、だが高校卒でないと就職の選択肢が限られてくるのも現実である。玲に大学に通わせる事も考えてはいるが……。
「お祖父さんのファンで教授が是非っっていうけど……気が重たいのよぉ」
舅である仁三郎の料理の評判は各界に居る美食家にも知られているし東京を去る時には美食家らで憶測が飛んだ事もあるが三箸烏会の面々が本音を聞き出して納得してもらっている。
「家庭料理専門に扱う教授でねぇ……下宿先も用意できるって言うけど」
浬はこう見えて文武両道で高校も期待している。当然のことだが料理の腕前は両親仕込み、彼女の母親も京都では老舗料亭を家族で営み仁三郎も助として所属していた一つである。
「兄さんはどういっている?」
「自分の好きの様にすればいいって……弟子じゃないのに」
端から聞いていた日菜子も兄の性格はよく知っている、将と恋人になった事を打ち明けても同じことを言われ、結婚する時もだ。寧ろ結婚式の後に予定していた披露宴のコース料理に気になり偶々料理長が兄二人を同業者と見破り披露宴の後半は話し込んでいた事もある。義姉二人は呆れたが舅さんも談笑の輪になっており後日その式場から和食コースの新メニュー開発の仕事が来た。今でもそこの式場とは付き合いがある。
「それにしても、今の高校はこんな事もするんだな」
将は浬の課題を見て苦笑いをしつつも思う。玲には共学の方がいいだろう……精神的にも同性だらけではキツい。





 怜と社はベースにある事務所に顔を出していた。仕事をしたので報告書を作成したので研究班に送るのとお土産の受け取りである。社は高校からここでバイトをしていたので年配社員なら顔見知りである。
「はっはっ!まさか仕事してしまうとはなぁ、で飛脚馬便でなくても大丈夫なのか?」
「急ぎじゃないからね」
書類と言っても薄い箱にでありジッパー付きファイルで書類を入れているので液体が被っても平気である。黒馬社員なら誰でも講じる手段だ。
「沖瀬さんの方は飛脚馬便か」
「ええ、先方の工場と本社に一早く知らせる必要もあるから。朝一で……」
黒馬飛脚馬便とは郵便で言う速達に分類され日本全国翌日配達、温度管理を要する荷物や航空便不可の荷物は応じられない欠点はある。
「支払いは電子マネー」
その間に引き留めの荷物にある伝票にハンコを押す二人である。
「急な里帰りになって大変だったな、もしかして」
「まだ先だよ、礼服新調しなくていいから」
対応している年配社員は父親とほぼ同じ年代なのでこんな口調だ。
「従弟が従妹になって大変だな」
「もう写真出回ったんですか?」
「まあな、バイトしている学生らが色めき立っていたが俺がアドバイスしておいた。こっちもバイトとは言え色恋沙汰で病院送りにされたらたまらんからな」
彼も社の父親とその弟の事は昔から知っている仲なので釘は刺しておく、作業するバイト人数が割れると仕分け作業が遅れ配達先まで影響が出るのだ。最も効果があるか知らないが……。
「正直あんなに育つもんか?」
「楊教授とその息子も日本に住む羽目になったからな……」
「へぇ」
「あちらの財閥も色々とあったようでしてね……機材やらなんやら、ニッカの連中が運んでましたから」
遺伝子絡みになると機材もそれなりに高価でとても黒馬では扱えない荷物、即ち超精密重量物である……社も現場を見たが一目で実家でも扱えない荷物と分かり遠目になった。
「で、数日はいるんだろ」
「はい、まあ沖瀬さんの護衛になりそうですがね」
「護衛?ん?」
伝票の配達人の人命を見て気が付いた、年配社員も一連の事故での書類上に名前が記載している事もあり名前こそ知ってはいたがまさかこんな美人とは……声を絞ったが雰囲気で怜は少々気を使っているのか笑顔もぎこちない。
「ニッカにも煽り運転していた奴だったからなぁ、車内での一酸化炭素自殺を見つけたのもウチの社員だったな」
「堰さん、御無沙汰してます」
「おう、里帰りにとんでもない土産を……」
丁度荷物の受け取り場所はトラックベースの共用箇所でニッカの営業所受け取りカウンターとは道路を挟んで隣接しているのだ。
「……」
「ははっ、気が早いって……堰、まあどんな感じだ」
「一応カウンセリングは付けた、死体なんてやたら見るもんじゃないからな……職業上は」
交通事故に遭遇する確率は高い職業であるのだ。
「で、例の従妹はどうだ?」
「ああ……ヤバい、この先何人血を流すぞ、あれ」
社もガン見する程だ……。
「こちらとしても楠瀬社長の逆鱗に触れないようにするにも手はうってある」
「……お宅もか」
「扱う品物は少ないが専用資格が居るからな……」
堰は遠い目になっているのは社の学生時代に色々とあったのだ。



「随分と慕われているのですね」
「ああ、高校時代に世話になったからな……」
「?」
「中学高校時代に荒れた連中の中には恋人に種付けし右往左往した奴数人ニッカに紹介した、堰さんもそのパターンでニッカに入ったからなぁ……」
怜は何となくわかった気がした、変に水商売や犯罪に手を染めた姿は見たくは無かったのだろう。二人が使用しているのは三沢自動車のピックアップトラックであるハイラインRL、仁の愛車でもある……積載量も申し分ない。四ドア四シートのハーフタイム4WD、これは積雪の際にも行動出来るように求めた結果であり現行モデルは完全に逆輸入車である。
「今や家庭も仕事も円満、だがそれも出来なかった連中もいる」
「?」
「残念ながら在学中に暴走族していてヤンチャ過ぎて警察に世話になった奴も居た……親父の頃と比べると少なかったけどな……正弘の時なんて全く居なかったから驚いたよ」
怜は苦笑するしかなかった、確かに社はバイクの腕前も良く大型自動二輪も持っているので時折黒馬馬脚便のヘルプにも応じている。
「……随分他の運送業想いなのね」
「単に自宅が社屋と隣接している、事故ると面倒になるからな……自宅宛ての荷物位は営業所留めにしている」
「……確かにね」
社の表情は苦笑いをしている辺りやはり過去に起こした事もあると見て理解した方が早い。怜も倉庫街での事故事例を幾度も視ているので分かる。
「……それにしてものどかね」
「これでも流通倉庫やら企業団地やら増えた方だよ、三沢自動車の本社工場が無ければとっくの昔に過疎になっている、本家も巧く炭鉱から手を引いて爺さんもトラックによる運送業を軌道に乗せたからな。炭鉱夫の失業対策にもなったしな」
楠瀬運輸の起業時ドライバーは炭鉱夫か両親が炭鉱で働いていた若手である事は怜も理解できる。
「炭鉱が閉山したのも……」
「可也デカイ事故が起きた事は爺さん達から聞いた事がある、起業時に居た若手は何れもその時に父親を亡くしている。炭鉱の運営していた会社もこの事故がトドメになって事業継続不可になり閉山した」
この時は既に楠瀬家は炭鉱経営から手を引いていたが溢れ出た失業者の為に色々と手を打ったらしい。モータリゼーションの波に乗った三沢自動車がここに本社工場を設けた事で一定の効果を得た事は明確である。
「とは言え、炭鉱周辺にあった住宅地は放置されていてな……何かと悪い連中が愛用していた」
「……詳しい訳ね」
怜は苦笑しつつも助手席の車窓を見て思う。本当にのどかな場所だ。



 玲は課題を終えて背伸びをする、ハーフパンツにTシャツと言うラフな格好で胸は揺れており浬は苦笑するしかない。これで春先までランドセルを背負っていたから同級生が眼の色を変える。無論将叔父さんの怖さはよく知っている……。
「お昼どうする?」
「食べてくるつもりで来たから……食材も」
来た時にアウトドアワゴンと呼ばれる荷車にクーラーボックスを載せていた。そこに入っていたのは……大きな魚がぎっしり入っていた。
「ブラックバス……」
「どうもパパのお得さんが入れ食い状態になってしまって……リリース禁止になってしまって困って……」
仁三郎はニッとする……日菜子は理解しているのか言う。
「三人ともブラックバスの三枚下し教えておくわよ」
「「はい?」」
夏海も浬もよもやブラックバスを喰うとは思ってなかったが玲は察したのか準備を始める。
「アメリカじゃ入院患者用の食材としても使われる、釣り人の中にスズキの事をシーバスって言っておるじゃろ……スズキの一種じゃのぉ」
仁三郎はニッとした、ちゃんと泥を吐かせておる……淡水魚を扱い方に関しても散々言ってきたからなぁ。
「高タンパクで低脂肪、アミノ酸とタウリン豊富……だから揚げ物にも最適なのよ、生食は避けた方が良いわね、確か顎口虫って言う寄生虫が居るから処理が面倒になるわよ……」
浬はこの時点で両親がコレを持たせた意味が分かった、祖父と叔母は料理好きだからだ。
「うむ、サバに寄生するアニサキスよりも処理が難しいからのぉ」
これは淡水魚全般に言えるので熱を加えた方が安全なのだ……。
「琵琶湖だとブラックバスを専門に扱う料理店もある位だ、覚えておいても損はないぞ」
仁三郎は魚の特性さえ掴めば三枚に下す事は造作もない……玲も何度かブラックバスを捌いた事はあるのだ。匂いがキツイ箇所をとって霜降り処理して塩を塗しておけば後はフライでもいける。玲は確かめる様にしてあっという間に捌いた。
「霜降り処理の薬缶ってこれだっけ?」
霜降り処理とは肉や魚の生身に残るぬめり脂と血を処理する方法だ、これらは匂いの要因にもなるので煮る場合は有効な手段だ。熱湯で洗い流すと言った感だ。
「ええ……覚えていたわけね」
「だって、お父さん一時期よくブラックバスを持ち帰っていたからね」
数年前に建築依頼主が大変な釣り好きであって諸事情で将も釣り竿を持って接待した事もある。その際にブラックバスをリリースする事は無く持ち帰っておりよく料理をしていた。将の釣りの腕前は普通であったが空手で培った忍耐力と身体能力がマッチして筋が良いらしい。
「じゃあ私らもするか」
浬と夏海も包丁を持ちブラックバスを三枚に下し始めた。二人とも父からは仕込まれており小学生時代に調理実習が始まる段階では既に基礎は完璧であり、浬は中学生一年生の部活での合宿の時には一年でありながらも三食の賄を一任される事態になり父親が態々レシピを持たせた。料理が不慣れな同級生が分かりやすいように解説付きで……今でもそのレシピは通っていた中学校に残されており代々引き継がれている。



昼飯はブラックバスの天丼、野菜のかき揚げ付である。真夏だから揚げ物を避ける主婦は多いが日菜子の場合は例外である……料亭の調理場は寒暖の差が激しいのだ。
「うむ、よく仕込んでおるのぉ」
「そりゃあ和食の巨匠を祖父に持つから料理だけはしっかりしておかないとねぇ……」
日菜子はボソッと言うと正弘は苦笑する、彼も戻って来て早々にブラックバスの切り身を揚げる事になったが手慣れたように調理したのだ。
「正弘と社、どちらが早く家庭を持つかのぉ……」
「俺は数年先だよ、篝の就職先が東京郊外になったからなぁ。社従兄は……どうだろう?」
「兄から聞いたけど先になるかもなぁ」
「???」
「会社の同僚、訳在りで今実家に匿っている」
将は仁からある程度は聞かされていたので話す。仁三郎は眉を吊り上げた表情になり日菜子はそれが怒っている時の同じと分かる。
「お父さん、恐らく三箸烏の面々が動いているから大丈夫よ……」
父のスマホを遠ざけて置かないと連絡をするだろう。日菜子はヤレヤレと思いつつもいう。
「親っとしては失格ね、その母親は」
そうなった理由は夫から聞いたり、神田川の常連さんからの世間話で大体察した。余程箱入り娘だったんだろう、子供の躾も碌に出来てない事は事実だ……最後は練炭による山中での車内一酸化炭素中毒死だ。愚息にしては自決の仕方には少々人に迷惑をかけた方だ。
「日菜子もキツいのぉ」
「親が和食の巨匠、兄二人が若手なら当然ですよ」
正直、料理の世界とは無縁の将だからこそ日菜子はちゃんと妻として母親としてやっていけるのだ。夫が料理人ならちゃんとした家庭を築けたのか……日菜子が将を選んだのは自身の生い立ちや料理の才能で不幸になる事を恐れたからだ。




「学校のプール開放日?」
「うん、私が卒業した小学校で毎年やっているの……卒業生も時折利用出来る場合もあってね……」
夏海はスマホ見て口籠る理由、それは保護者の中には泳ぎは苦手と言う方もいるので卒業生にもお声が掛かる訳だが予定していた同級生らがドタキャンを喰らい夏海だけになった。
「ちょっとまってね」
日菜子はスマホを操作し通話を終えた。
「正弘、玲、お父さんと一緒に夏海ちゃんの手伝いしなさい。大丈夫……校長先生、私の恩師だから」
「「「はい??」」」
ニッコリした日菜子に夏海はキョトンとした。三人ともサッと準備を始めたのだ。



「里帰りの最中に申し訳ないわ……神田川、じゃなかった楠瀬さん」
「いえ、先生には随分世話になってますから……」
主に兄二人が随分ヤンチャだったらしいが今や和食の世界ではそれなりに名がある存在だ。偶々仕事の為に校内に居た校長先生は若い頃に教壇から見ていた教え子の一人と再会したのだ。初老で如何にも教育に人生を捧げた女性教員って言う感じで人柄が良い感じはした。
「下の子が変性症になったって聞いたけど大丈夫そうね」
「ええ……みんな受け入れてくれましたし」
先程挨拶した玲を見た校長先生は一目でわかった、日菜子とは卒業してからも年賀状のやり取りはしており結婚式の時にも招待された。当然日菜子の子供の事も知っている……。
「美人ね」
「この先何人血を流すか……はぁ」
確かにあの巨乳と身長の低さは男をその気にさせる。



「やっぱり大きい」
夏海は女子児童用更衣室にて玲の胸を見て呟く、本当に浬が同級生に伏せた方が身のためになるのは分かる、因みに二人とも学校で使うスク水なのでセパレート方式である。在校した時から老朽化が目立ち卒業した後に校舎は建て直しされた、真新しい校舎には夏海も戸惑ったがプールは変わってなく女子児童用更衣室が整備された事に驚いた程だ。
「ほんとうにいいのかなぁ?」
「校長が許可出したからね……」
夏海もよもや叔母一家を巻き込んだので気まずいと思っていた。
「あれ?夏海先輩……その隣に居る子は……」
背後から声に玲は振り向くと体を震わせている夏季用セーラー服にツインテールの少女が視界に……夏海もアッと言う表情を見せた。
「あっ!落ち着いて!」
「このどろぼぉー……」
玲に襲い掛かって来たが玲は背後に回り腕を掴み抑え込んだ。声には出してないが痛い筈だ。
「!!!!」
「男の子だったら拳が来ていたわよ……流石に噂に聞く元美少年」
慌てて玲は襲い掛かって来たツインテールの少女を放して間合いを取る。
「礼子ぉ」
「だっておねーさまの隣は私しかぁ!」
玲は何となく状況はつかめた。夏海従姉に恋愛感情を抱いているのだがそのレベルがストーカーと判断されても仕方ない程に、何よりも関節技を決めている最中とは言え背後に囁いたもう一人の少女にも玲は警戒した。セミロングで茶目っ気があるが……。
「私は佐倉 はゆ、夏海ちゃんが通う高校の先輩、でこっちが妹の礼子で中学二年……」
はゆは礼子を軽々と抑え込んでいる。
「にしても……玲ちゃん本当に爆乳なのね」
「はい」
どうも彼女は玲の事は知ってはいた。
「私より胸あるじゃん、下着とか苦労している?」
「……察しの通りです」
無論トスカさんの勤め先のアパレルメーカーのセンスが悪いとは言えないが値段が凄いのだ。
「それと何か武道を嗜んでいるんですか?」
「合気道、イヤー礼子を抑え込むなんて中々居ないよ……ああ、彼女夏海ちゃんの事好きでねぇ……」
はゆは礼子を見事に抑え込んでいる。これは護身術では無く本格的にしている……。
「礼子にも男の良さ教えないとなぁ……」
「……道場の門下生でもあてにしているんですか?」
「礼子も合気道出来るから大丈夫よ」
……この分だと近くこの二人が日比谷道場に“襲来”すると確信する玲は天井を見上げた。



小学校のプールであるが一番端は浅く柵で区切られている。
「一年生とか泳げない子向けの方ねここは」
夏海の小学生の時にはこの形式になったのは過去にヒヤリとした事故が起きており事故を無くすために改修に踏み切ったと言う。玲が卒業した小学校ではプールにプラスチック製の台で底上げした程度だ……。
「あれ?お父さんと兄さんは?」
日菜子の視線の先には二人とも競泳をしていた……地元の男児小学生らは目を丸くする。無理もない二人とも筋骨隆々、父は少々鈍った肉体になったとは言え世間一般平均的なお父さんの体形と比較すれば立派な筋肉である。
「すげぇ~~おじさん」
「ははっ、ちゃんと努力した結果だからな……そこに居るお兄さんの方がよいぞ」
確かに、居合わせた奥さんらの視線を集めている事は夏海らも分かる。
「あ、来たか……」
玲を見た男子児童がドキッとするの無理はない……中学一年でこの胸だ。年上同性の方も眼も釘付けである。
「……もしかして楊教授が言っていた子かな」
隅っこの方で妻から子供のプールの付き添いを頼まれた夫と言うオーラを出していた男性は尋ねると玲は頷く。恐らく彼は医師のライセンスがあるから妻として見れば万が一の時にも安心なんだろう。なんせここは過去にプール開放日の時に児童が溺れる事故が発生しこの時は発見が早く心臓マッサージとAEDによる処置が功を奏している。しばらくはプール開放は見送られていたが地域の事情により卒業生やその身内にも利用してもらうと言う条件で今に至るのだ。取り分け医師や看護士資格を持っている保護者なら重宝される訳だ、例え医学研究者でも。
「何事も在り過ぎると困るもんなんですよ」
彼としては精一杯の援護と言うべきだろう。足元にはファーストエイトと呼ばれる医療器材とAEDが置いてある。


玲も準備体操をして体を解してプールに入る。暑かったので顔が緩む……やはり胸の辺りが熱い……父が仕事で使っている空調服に付いているファンを胸に差し込みたいと思う程だ。
「えっと……」
「はゆちゃん先輩でいいよ、泳げる子はリボン無しになっているから」
はゆも玲の隣に居る、身長が頭一つあるので胸の谷間まで見える。
「リボン?」
水深が浅いエリアに居る児童を見ると蛍光イエロー生地に安全ピンが付いており水着本体を傷めないように専用クリップで挟み込んでいる水着を着た子が多い。
「あの子たちは浮き輪無しではここに入れないからね……浮き輪も抜けないサイズで、座るのは禁止」
「?」
玲はキョトンしたが夏海が言うには溺れた児童が浮き輪の上に座って浮いた状態になっていた所に驚かせようとして同級生が水中から上がろうとした時に目測を誤って浮き輪の上に座っていた児童に衝突し落ちた。幸いにも後遺症も無く加害者児童の親も被害者本人とその保護者に平謝りした事により事無きを得たが変な規則が出来たしプール改修予算が組めたのも大きい……。
「でもスク水にしたのは?」
「えっと……やっぱり学校のプールだから」
卒業生に限っては私物の水着も認めているが脱げやすいタイプは控えているらしい。理由としては玲も察しが付く。
「どの学年にもこんな悪ガキがいると……」
背後から胸を触ろうとした男児をパッと回避し抑え込む玲……体格的に同じに見えるが彼女は幼少期から空手と水泳をしているから造作でもない。
「あたり、よくわかったね」
「小学校の時から幼馴染が美少女でよくちょっかいされていたからね……ハーフで見た目は可憐……だけど口よりも拳が出てくるから」
はゆは直ぐに察した、玲も幾度も止めたのに違いないと……。
「はゆ姉!どうしてここに?」
必死に藻掻いているが玲の腕力は強くビクともしない。
「……アンタを捕まえている子ね、お兄さんとお父さんも来ているんのよ……」
はゆの視線の先には必死に営業スマイルをしている将と正弘の姿が……。
「リーナなら頬叩かれているよ、第二次性徴の事は知っているよね?」
「うん、小学五年だから知っている筈」
はゆとはどうも近所らしい。ハーフパンツ型水着を見るとリボンは無いのだが……彼の股中央辺りは膨らんでいた、この分だと暴発しかねない……玲は直ぐに放した。顔が真っ赤になっている辺りは本当に危なかった。
「こいつは阿蔵 陽……まあ近所じゃ悪ガキの一人でお隣さんなのよ」
意味有り気に笑う辺り弱みでも握っているんだろう。
「陽、この子は神田川の爺さんの孫娘なのよ……」
「はい?」
「変性症で女性になったから男性の方にも詳しいからね……もう」
はゆは強引に陽の手を捕まえてプールの端に移動した。玲も何となく理解はしている……。
「ふふ、日菜子さんと全く同じね」
母の恩師である校長先生は笑う、小学校では共学だったが中学校からは女子校になったのは余りにもお転婆で女性らしさを身に着けると言う意味で放り込んだ事は祖母から聞いた事がある。
「先生……そのぉ」
玲は視線をプール全体を見る、泳げる子も居るがフォームが怪しい感じな児童が数名……父と兄は低学年の子との遊んでおり、夏海が隣のレーンで伴走する形で泳いでいる。玲はその児童数名に視線を移すと校長先生も同じ視線に……。
「危ないかな」
玲はスッと潜り込み競泳レーンへと向かう。保護者らも気が付き兄と父も泳ぐ……玲の視線にレーンを仕切るロープから手が離れ水中へと沈む男児が見えた。玲が手を伸ばした瞬間にその男児を捕まえ水面に上げた男性が見えた。兄程では無いが筋骨が隆起している。
「馬鹿ぁ、お前あんまり泳げないのに……」
咽る男児を抱えていると兄と父も支える。先程の医師免許持ちの男性保護者も駆け寄り様子を診る。
「念のために病院に」
「はい、じゃあ俺は親に連絡します」
プールサイドにシートをセットして男児を診た男性の判断に少年は頷く。
「……あの、先程は……もしかして楠瀬さん?」
「もしかして柳の所の……大きくなったなぁ!!!」
玲はキョトンしていると正弘は云う。
「親父の喧嘩相手の一人に柳 竜人っているだろ、上の子が高校生で竜也だ。一昨年イベントで顔合わせているだろ」
「正弘さんも……アレ?玲君は今日は」
少年は将と正弘の視線の先に居る少女を見て唖然とするも直ぐに気が付いた。
「……」
「まあ、こうなった訳よ」
日菜子も苦笑するしかない、竜也は水着内にて隆起するアレに困っている表情だ。


「はっ、はっ!お前も人並みに反応するもんだなぁ」
「おやじぃ……龍二に付き添いしなくっても大丈夫なのか?」
「今頃かーちゃんがガンガン説教しているからな、俺は小言は家で受ける方が楽なんだよ」
一時間後に竜人が小学校に来て何度も頭を下げた後である。
「恐妻家も変わってないなぁ」
「将もな……話には聞いていたが玲君が女の子かぁ」
「ああ」
将の表情を見た竜人は分かったように言う、学生時代に幾度もキレた前に見た事ある表情だ。
「分かっている、二人には女の扱い方位は教えるさ……最も怒らせたら緋沙子が怖い」
「???」
「高校時代レディースの特攻隊長を務めたからなぁ」
これでも良妻賢母になったのは日菜子の影響であり、結婚前には可也料理の腕前に磨きをかけ、結果は竜人の腹の出具合でわかる……工場勤めであり今では管理職の肩書を持つ。龍二が溺れた連絡は妻から受け仕事の進捗状況を見て早退扱いにして貰えた。病院よりも事故現場である小学校に赴いたのは当然のことである。意識もあったし検査と診察した病院でも入院する程もない。
「校長先生、やっぱり水泳のレベルはもうチョイ別けた方が……」
用事で登校していた学年主任もホッとするなり告げる。玲は小学校入学する時点で難無く泳げるようになっていたので水泳の授業は物足りない感もあったのは事実だ。泳げない子がどうして出てくるのかも不思議に思った時もある。
「やってください、あの事故の事はこの学校で世話になった大人なら誰も分かってますから……この際龍二も水泳教室に通わせるかぁ」
「そうした方がいいぜ、俺もしょっちゅうここに来るわけにも行かないしなぁ……」
龍也は今でこそ健康優良であるが昔は体が弱く体力を持たせる意味で水泳教室に通わせたら改善、龍二にも試みたが気弱な所もあって体験教室の際に溺れかけた事がネックになっているらしい。
「でも、泳げるようになりたいのなら通わせるのも手よ」
夏海は告げると浬も頷き、はゆはため息交じりに言う。
「……陽から少し聞いたけど虐めの被害の疑いもあるっぽい、龍二君に……水泳であまり泳げない事をからかっている連中が居る」
この事は校長も把握しているらしく穏便に解決に向けて加害者の親と話し中らしい。加害者の親としては大問題になれば中学や高校での扱いやら大学にも影響が及ぶのであるが最も本人らは認識してない。小学生だから無理かもしれないが少なくとも三年後になって愕然とするだろう、自らの過ちによるおかれた状況に……。
「ちっ、どの親も躾を学校任せにしているからなぁ」
竜人も緋沙子もヤンチャしていたから躾の重要性は誰よりも分かっていた。だから二人の息子には時には拳骨もした、だから悪い事は一切してない……。
「水泳の授業でみんなに追いつくためにあんな無茶を……」
後日、加害者児童らにキツい言葉が投げかけられる事になるのは云う間のない。



「しかし……ここまで育つとなぁ」
竜也とはゆちゃん先輩は同級生らしく、陽とも顔見知りだ。三人とも水深が低学年の膝ひざ下までの箇所に居る。
「陽もはゆの他に関節技ハメられたのは初めてだったろ……玲も空手しているから下手したら殴られていたな」
「うん、まだ慣れてないから関節技は……」
「まあ陽なら殴っても大丈夫よ」
「……」
玲としては少し言葉を選ぶのには困る。知り合って間もないし彼が格闘技を嗜んでいるとは思えない。
「……」
少し離れた場所に居る礼子の視線は玲も分かる程に殺意が飛んでいるが仕方ない……自分だってこんな姿になるとは思ってなかった。
「玲ちゃんの事は夏海から聞いた事があったからね……で気になる子は居るの?」
「……」
「多分、大人の方に居るな」
竜也はホッとした、あの父親と兄に面と向かって“恋人としてお付き合いを認めてください”と言う位なら天敵で生徒指導兼任している担任のお説教の方がマシだと思える。問題はここら辺の同世代の多くが楠瀬の怖さを知らないで手を出す事だ。はゆの場合は合気道をしており、警察署に出入りしている師範が日比谷師範代とは旧知の仲なのて知っていたようだ。
「……」
玲の無口な所を見るとビンゴと言った感じだ、はゆはニッとする。
「後でスマホの番号教えて……多分礼子がねぇ」
「是非、多分リーナと鉢合わせになったら……」
「リーナ?」
「楊・リーナの事ね……彼女も強いからねぇ」
「知っているんですか?」
「小学生時代に校庭でボコボコにされた奴、知っているから……」
玲は何となく覚えているが恐らく小学三年生の時に上級生男児に素行が悪い奴が居てリーナのスカートを捲ったのである、数秒後リーナの回し蹴りが見事に頭部にヒット……取り巻き数人が襲い掛かったが玲が仕留めたのである。先生が来た時には上級生数人ヒヨコが頭部に回っている状態である。上級生らの保護者は何れも特に抗議する事も無く、中学進学時には別校区になった。相当な悪ガキで変に抗議すればブーメランになる……日比谷先生にも相談している被害者の親が数人居たのでやんわりと言ったのだろう。その加害者児童の保護者らも良い判断をしたとも言える、ゴネると自分自身の立場すら危うくなる。
「あっ確か」
玲はその名を言うとはゆは頷く。どうも懲りてないらしく素行が余りにも良くない……警察もマークしている噂だ。
「ここらへんで盗撮事件が起きているのよ、スク水児童の目当てにね……そいつが主犯格って噂、金回りが良過ぎるのよ」
だから夏海の同級生がドタキャンしたと言うよりも保護者がやった可能性がある、玲はハッとした。
「……はゆちゃん先輩はクロと踏んでいるんですね」
「ええ、そいつバイトしているけど割にあってないし……それに玲ちゃんが大型商業施設内の駐車場で絡んだ連中との認識もあったのよ」
「!!!!」
「あいつか……最近姿みてないしなぁ、明日にも様子見て来る」
「穏便にね」
「……あいつらの出方次第さ」
穏便でない雰囲気である。




「ーあ~あいつね、確かに良くない噂は聞こえて来るわね、今でもねー」
帰宅後、スマホにてLトークのビデオ通話でリーナに話すと彼女はあっけなく言う。すでに夕食を済ませており気になったのでリーナに話してみる。
「ーじゃあもう玲の事は知っている筈だから……やられたかもー」
「……」
「ー心配しないで、既に警察も動いているわ……橘さんが叩きのめした連中のアジトから出てきたのよ、児童ポルノの原材料がねー」
「!!!!」
「ー伏せて置いたけど、昔の事もあるし……気を付けてねー」
スマホを操作して通話を終えた。机上にあるペンケースを見てシャーペンの芯が無い事に気が付いたので近くのコンビニに行くことにした。



「アレまぁ、神田川の所の……まあ女の子になったって言うのは大将から聞いたけど、美人ねぇ」
最寄りのコンビニオーナーは気が良いオバさんであり、元々酒屋をやっていたが高齢化により商店街が軒並み廃業……そこでコンビニを開業している訳だ。
「はい……オートコンビニなんですね」
「ええ、ここら辺は寂れているしバイトも長続きしないから……昨年導入したのよ……」
確かにこれなら商品補充と万引き防止も出来る、コンビニは創業当初は24時間営業を前提にしていたが昨今の社会情勢の変化により地域によっては24時間営業が難しい地域が出てこの地域もそんな一つでここら辺でコンビニとなるとこの店舗しかない。運営会社も24時間営業を強要すればどんな事態になるのか……オートコンビニは元々東京や大阪の大規模高層ビルの中層や高速道路のSA/PAに期間限定での臨時店舗としてシステム開発をしており、オバさんの様に郊外にあるコンビニでの使用は増え始めている。やはりバイトの確保が難しい現実もあり今後も増えると言う。
「私も何年働けるか分からないしね……」
確か子供は独立しており東京郊外に住んでいる。玲も買ったのはシャーペンの替え芯とペットボトルにスナック菓子で店番をしているオバさんと話せる、それだけ繁盛してない訳だ……立地条件上住宅も疎らで国道から少し離れているので抜け道としての利用もあるがこのコンビニにも恩恵があるのだが……何分狭く昔は田圃だった事で直線になっているので速度が出やすい、幾度か児童が巻き込まれそうになる事故も起きている。何時閉店を迫られるかも分からないので無人店舗の実証計画に参加した……そう簡単に閉店を迫られる雰囲気を持たせない為だ。
「どうだい?」
「変性症の専用病棟で慣れてますから、ただ普通のコンビニに慣れた人には不満かも」
確かに感染症のリスクを気にする方ならオートコンビニシステムは魅力的だ。人員も削減出来る。だがその反面各種料金代行が出来ない、ここら辺は郵便局も銀行もしているが対面になるとコンビニが有利だ……。それも24時間営業の利点になるが振り込み自体も電子化された今では……。



玲は帰宅するべく店の外に出ると甲高いエンジン音が複数聞こえて来た……玲も自動車の事は知らないのだが不快と思う、俗に言う暴走族って言う連中だ……違法改造された自動車数台とバイクが多数、玲は我関せずと言う事で足早に去ろうとするもバイクが進路をふさいだ。特攻服に安全靴と言う即乱闘OKな出で立ちで頭髪も即生徒指導の対象になる。
「お嬢ちゃんあそばないか?」
「いえ、結構です」
この分だと玲の事は知らないのだろう、無理もない……穏便に済ませたかったが仕方ない。背後から玲の手を掴もうとした男性の手を捻り上げそのまま蹴り上げた。
「アマのくせに!!!!」
玲としては少々キツいかもしれない……その時気高いクラクションが鳴り響いた。振り向くと夜空に映えるイルミネーションのライトを全て電気を通し運転席から男が下りて来た。
「お~玲、女の子になったんだから無理はするなよ……社長や将になんて言えばいいのか知らんぞ」
「島さん……」
楠瀬運輸の社員でも島 京一郎は直ぐに玲の前に立つ。体格が良く鍛え抜かれた筋骨隆々の体はTシャツがはち切れそうだ。
「テメェ!何もんだぁ」
「極楽蝶が俺の事を知らんとは……まあ世代交代にしくじって数年活動できなかったからぁ。ギャンブルドックも……」
暴走族の連中はバットやらメリケンサックを手にしたが島はニッとする。
「ギャンブルドックの特攻隊長の島だ!!!!」
それでも次々と暴走族の少年らが襲い掛かってきたが喧嘩馴れした京一郎と玲の拳と脚により倒された。
「ちっ、現役の中に俺の名すら知らんとはなぁ……」
「(確か仁伯父さんと同世代だったはず)」
大まかな計算をすると知らない方が多いと玲も理解するしかない、この辺りも地場産業の都合上、住民の入れ替わりが激しい所である。バイクのエンジン音を鳴らし二人を取り囲む……最近のワルガキにしては少々骨があるな、島はニッとすると道路の方から衝突音がした。
「あれは……あっ」
島はそのトラックに見覚えがある、学生時代に仁と幾度も殴り合いをした猛者であり極楽蝶全盛期に頭を務めた最恐の男……三沢ロードポータートラックのトレーラーヘットにしユーロスタイルにドレスアップ、トレーラーも欧州では一般的なカーテンサイダー……それを停車していたバイク数台衝突して止まったのだ。普通は接触事故は厳禁だがそれ以上にヤバい事態が進行しようとしているのだ。降りて来るなり叫ぶ、コンビニのオバさんからの通話で事の重大さが分かったのだ。
「はぁ~~お前らなぁ、なにしているんだぁ!ああっ!!!」
島も久しぶりにこの声を聴くと天を見る、玲も圧される程の声で極楽蝶の現役の面々もあとずさりする。
「ん?島か……大丈夫か?」
「おかげ様で、もうちょい登場遅くっても良かったが、社長の姪っ子に何かあるとこっちもメンツが立たない」
「……もしかして将の子供か?息子二人じゃなかった?」
「いや、玲だよ、女の子になったがね。社長や将さんから聞いてないか?」
彼は事の重大さを直ぐに理解した、仁よりも怖いのが将だ……。
「お~お~龍堂っ、後輩らに伝えてなかったか?」
将の眼は据わり、アルコールも入っているが玲の危機的状況は見て分かった。極楽蝶の数人が凶器を持って襲い掛かるが将は直ぐに反撃に移りKOさせた。
「りゅ、龍堂さん!!!!」
後ずさりした暴走族の少年の中から一際背が高い少年が声をかける。
「すまんな、余りにも殺気が立っていたからバイク数台ぶつけた」
「いえ……そちらに居るのは楠瀬 将さんですね……申し訳ありません!」
玲も唖然としたが将も未だに名が通っている事に困惑するしかない。極楽蝶の面々も事の重大さを漸く理解した。



「彼が極楽蝶の全盛期にヘットを務めた龍堂 一介だ、今は雑貨専門運搬の会社に勤めている」
「後輩がら失礼な事をして申し訳ない、後でキツく説教しておくから」
「でこちらが原野 清次郎で今の極楽蝶の頭を務めている」
「申し訳ないっす、まさか正弘さんの妹さんとは思ってなかったす」
「いえ、変性症で女性になったので」
清次郎も変性症の事は聞いてはいたが実際に見たのは初めてらしく驚いた表情だ。
「あの一件も収まっても無いのに」
島が言うのは玲が関与したあの事件だ……余罪が色々と出ているらしくこの分だと全員成人式は塀の内側になる公算があり、追加の逮捕者も出ている……島が居たギャンブルドックからも補導された少年が出ているし、極楽蝶のOBも逮捕……何れも性犯罪での検挙だ。
「清次郎、バイクの修理は実家にある兄貴に頼め……あんまり損傷はしてないと思うが……」
「いえ、俺が統率取れてないばかりに」
因みに玲に手を出した少年らは未だに座り込んでいる。余程強く突かれたのだろう……将が返り討ちした少年らもだ。
「警察沙汰にしたら面倒になるからな、ったく……ナンパも出来ないのか最近のガキは」
将は飽きれているが警察に被害届を出さない様にしたのは穏便に済んだからである。玲にも実家の運送会社社員にも被害は無い……まあ会社に戻って来る時刻は遅くなる事は連絡済みである。
「あっ、来た」
島がため息する表情に玲も分かる、チョイ悪親父が如何にも好みそうなドレスアップされた四ドアセダンから下りて来たのがギャンブルドック全盛期に総長を務めた神崎 來……今は父親から継いだ三沢市中心街にある歓楽街に幾つか貸しビルを持つ実業家である。成り立ちからも少々コワモテな感じであるが情に厚く何かと世話を焼きたがる人だ。
「将さん!!!島!大丈夫か!!」
「大丈夫だ……穏便に済んだよ、龍堂のお陰でなぁ」
将も誰から連絡を貰って来たのか聞きたい位だ。
「りゅうどうぉ」
「こっちも仕事でバタバタしていたから玲ちゃんの事は他の奴らが現役に通達している、ただな……」
「痛い目に逢わないとダメっぽいです、本当にこの程度で済んでよかったですよ……」
現役の言葉にOBである面々も分かる気がする……。
「三沢市にシマがある連中は玲ちゃんの事は知っているからな……一応手は出すなって言う通達はしているがね」
ギャンブルドックは三沢市にシマ(=縄張り)を持っているが島や神崎の頃と比べると少人数になっている、極楽蝶は今ではこの辺りをシマだが昔は三沢市にも及んでいた……龍堂が総長を引退して直ぐに内部分裂が起きてしまい、警察に世話になる程凄惨な事件が発生、ギャンブルドックにも抗争の火種を齎した……極楽蝶は三沢市での居場所を失い、ギャンブルドックも少人数になった。極楽蝶の今の総長は礼儀を通しているが先々代の総長は真逆で余りにも悪逆非道を尽くし遂にはOBの一人である龍堂の耳に入るや否やその晩でキレてしまい、当時の総長も初対面であったが真向から反抗……これまでの総長らも身内だけでは収めきれないと判断した将と仁らに助けを求め日比谷師範代も来た時には殴り合いの最中……二人を投げ飛ばして引き剝がした所で警察官らともに来た夜須さんが手錠をかけた……今の総長である清次郎はその時に居合わせた一人で関係各位に相談をしており先々代の総長を引きずり下ろした“戦犯”でもあり“英雄”でもある。先代総長と共に立て直しを図ってはいたが志半ばで清次郎に特攻服を託して引退し今に至る。
「島、龍堂……とりあえず帰社しておけ。こっちから連絡はしておくから」
とはいってもこの騒動が一晩で収まるとは思っても無い。




「そうか……」
仁は島からの報告を受けて天井を見た。極楽蝶の事は社員でも何人か関係者が居るので気にはしていた。先々代総長が“歴代最悪の男”であり、更生でもやり過ごして東京に出たと言うのは知っている……家庭の事情で各地を転々とするうちに大人への不信感が爆発したのが中学時代だ。こうなったのも従兄の一人が変性症になり色々と誤認された結果、父親は職を失った……そして三沢自動車の関連会社に就職は出来たのだが、息子が逮捕され辞表を出すも上司や社長はそれを受理しなかった事は聞いた事がある。
「彼の場合は自治体があいまいな対応した事が問題視されて県知事まで任期途中で辞表でしたね……従姉自殺未遂まで起こした原因にもなったな」
「ああ、医者のお陰で事無きを得たが未だに許しては無い……」
彼女はその後国外移住をしている、完全に日本の教育制度すら信頼してないのだ……。補償も断り移住先の国籍も取得、こうした選択を出来るのは一部に過ぎないがこれでも政府には課題を突き付けられた格好になり、今現在は自治体の方でも変性症による女性の把握や支援の在り方を模索し、一昔よりは改善された。
「でも、彼にとってはどうでもいいかもしれませんね……約束された平穏な人生を奪われた事は事実だから」
怜は事務所にて社と共に運行記録や資料の整理を手伝い、漸く終わったのである。島からの連絡を受けた社は聞いた瞬間に天を仰いだ、場合によっては社員の何人か現場に向かっている可能性もあるからだ。
「海外に移住した従姉さんも同じ考えかもしれませんね……私はそこまでは考えが及ばなかったけど」
「極楽蝶の歴代総長も彼には手を焼いたからなぁ、東京で変な事してなければいいけどな、親父こんなもんでいいか?」
「ありがとうな……沖瀬さんまで手伝わせて」
「いえ、普段は縁がないお荷物もあったから扱いとか勉強になりました」
「黒馬は建機を運ぶ事は無いからな」
とは言えフォークリフトは無くてならない道具でありちゃんと゛フォークリフト運転技能講習”に加えて黒馬運輸社内独自でしている技能講習を受けないと運転出来ないのである。まあ流石に運ぶ事は滅多にないのだが……怜の場合は゛フォークリフト運転特別技能講習”まで受けており、コンテナ用フォークリフトまで操作出来るが最も本人としては興味があって取得しただけであるが……。




翌朝、仁は仕事の為にスカニアに乗り込み出発……社と怜は見送った後に神田川の方へ……社も何度か来ているので
「社従兄さん」
「大体の事は聞いたが玲も出歩かない方がな、正弘は?」
「それが酔い潰れていてな、この程度で潰れるとはなぁ」
玲にとっては父よりも沸点が低いのであの晩居合わせたらあの暴走族の面々が死屍累々になっていただろう……。
「龍堂が勤めている会社に行くのか?」
「まあ、今後も絡んでくるじゃないのかって、親父が一応顔を出しておけってさ……」
社も最初聞いた時には血の海を覚悟はしていたが何事もなく朝を迎えられて安堵はしている。極楽蝶の先々代総長は正弘にも因縁がありよく知っている、酔い潰した神田川の大将にはお礼が言いたい位だ。


将から手土産の缶ビール6本パックを渡された社と怜は龍堂が勤める運送会社を訪れる。受付近くに居た女性従業員に尋ねようとすると背後から声がした。
「よぉ!ずいぶんひさしぶりじゃねぇかぁ!ついに黒馬放り出されたか?」
「有給の消化ですよ、版胴社長……叔父さんが色々とやってしまったようで」
「あ~昨夜の事か……玲が女の子になったからこんな事はおこるっておもっていたさ……で隣に居る子は」
「会社の同僚です、ちょっと訳有であずかっていて……」
「もしかして黒馬ロット便での煽り運転を伴う荷崩れ事故一件か?ならウチの龍堂も同じ加害者から喰らっていてな……一般道だったら血祭にするって怒っていたよ。まああの時は我慢していたけどな……立ち話しちゃあお嬢さんに悪い、どうぞ」
事務所奥にある応接間に案内される。座る前に手土産を渡すと版胴はニコッとする。
「悪いな、現役の連中がバカをやって……まあ本当に家庭が荒んでいる奴らが多いからなぁ」
「先々代総長の様に?」
「本当に後で知って愕然としたよ、親類に変性症が出ただけでこんな差別をするって言うのは……議員の先生に少しばかり陳情したよ、こうでもしないとやっていけないさ……」
そのかいもあってか改善はしているが国民に浸透しているかは微妙な所だ、実際に当事者になってみないと理解できないかもしれない。とは言えウィルスの解析も当然しており将来的にはワクチンによる対処するだろう、男性に戻す研究もあるが過去に国家レベルでの治験をやって大量の“無生殖者”を出す事になった某国もあるので日本を初めとする先進国では研究面が進んでない。これは版胴が陳情にした議員支持者の多くが医療従事者であって幾分医療側の事情も知る事が出来た。
「この先玲に言い寄って来る輩が出てくるか」
「玲ちゃんに片思いの方が居るんですか?」
「ああ、空手の道場に通う三沢自動車の社員さん……ありゃあ強いぜ、東京でも指折りの実力者揃いの道場から来た奴だ……」
版胴社長も苦笑する、日比谷道場は警察や軍を職にしている門下生も多くいるので一般社員でも少なからず猛者……自身ならその怖さを知っている。実際版胴も暴走族時代にあの師範代に一撃KOされた事もある。本当にあの時目が覚めたので刑務所に行かずに済み、やッと高校卒した自分を拾ってくれたのがこの会社の起業者でもある先代社長とその婦人であり、数年前に夫に先立たれた社長夫人から会社を託された時には身震いがした。
「将さん大変、いや正弘が気が気でないがここは篝に早く尻に敷かれるようにしないとな」
版胴は細目になりため息を付くと机に冷えた麦茶を出した女性が言う。
「で、将さんの娘ってどんな感じ」
社が自身のスマホを操作して画像を出すと彼女は納得した、そりゃあナンパされる体だ。この身長で胸のサイズは……。
「……あ~うちのバカ息子には言っておくわ」
「……はい、玲にも今度からは抓ってからに……」
怜は大して変わらないのではと思うが社の学生時代を少し知っているので納得した。
「あれ、社……もしや」
龍堂が姿を見せた、多分本日は愛車の整備もしているのか作業服姿だ。



「……丁度トレーナーが追突されて全焼扱いにされたのがきっかけでね、チューニングカーって言う奴か……渋滞の最後尾でハザート点灯させていたけど気が付かずにドカン。エンジンルームから出火し俺が必死になってシートベルトを外し終えた途端に爆発さ」
龍堂もよもや備えていた消火器を全部使ったのだが周囲にいた同業者らも消火器を持ち出して加害車両のエンジンルームを消火をしつつも加害者を救助……その後、龍堂は分離作業をしてトラクターの退避を成功した時には火がトレーラー全体に回り漸く消防車が来た。幸い積荷はなかったが……後日、事故を起こした加害者側の弁護士からの紹介で今のカーテンサイダーのトレーラーを扱い始めた会社を紹介され、龍堂自身も担当する運送依頼が埋まっていたのもあり、リース契約に……その後加害者が全面過失が確定し龍堂は買い取りを決意し今に至る。そんな事故に遭遇した経験上、手元の道具箱にはセーフティーハンマーにシートベルトカッタ―が付いたツールを置き消火器も揃えている。
「……空荷だったんですね?」
「それが救いだったかな……後加害者の怪我も大した事は無かったけど愛車が全焼になった事にショックを受けてね……俺もバイクを全焼させた事もあったから分かるんだよ」
それは単独転倒事故でありバイクが路面を滑った先の崖にぶつかり運が悪く燃料が漏れて炎上したのだ。暴走族の時から使っていただけにショックであったが……ただこれには事故現場になった路面にオイルが撒かれておりこれを知った族の後輩らが動いたが……それだけ龍堂に恨みを持つ者が多い、結局は故意か本当にオイル漏れに気が付かなかったのかは不明だ。
「あれだけ手を入れていたからなぁ……」
龍堂の周囲には自動車かバイクの弄りを趣味にしている人間が多く、兄も実家のバイク屋を継いだ。その顧客の人脈で改造車の世界も知っており追突したチューニングカーの仕様を聞いて同情した程だ。
「これが縁になって今でも年賀状のやり取りは続いていてね……一度は自動車の趣味を辞めかけたが今は……軽トラのドレスアップをしているそうだよ」
写真を見せると笑顔である。
「……」
「おっと、失礼……黒馬も使っているんだろ?」
「試験運用さ、通常業務には使ってはないけどロット運送には使っている……トラブルは起こしてない」
「幌に関しては本場の欧州のノウハウがあるから余程でない限りは破れないって言っていたな……開閉システムもな」
龍堂と社はアレやらこれやら話を咲かせ怜・それぞれの夏へ 6


 怜は社の部屋で過ごす事になったが実家にある自分の部屋に似ている事に気が付いた。部屋の主は社屋の方に出向き最近の動向を知りたいらしく横山さんと話していた。
「風通しはしているから男臭くないと思いますが……」
「大丈夫よ、職場が野郎ばっかりだし」
あっけらかんと言う怜に茅野も苦笑するしかない。
「じゃあお兄さんによろしくね」
欠伸をするなり僅か数秒で寝てしまったのである。



仁が帰社したのは真夜中、別に珍しい事ではない……数日に渉る“航海”もあるのも楠瀬運輸の業務形態で父親である魁がバリバリに働いていた時には北海道から九州に沖縄と全土まで及んだ事すらある。
「沖瀬さんは寝たのか」
「あれだけ酒呑めばね、親父……もしかしたら」
「……彼女次第か?俺も祖父さんかぁ、いよいよ」
社の言動で仁も察した、案外意識はしていたか……。
「社、慎重にな」
「分かっているって……ああ、横山さんが息子さんと逢うってさ」
「確か離婚していたって聞いているぞ」
「まあな、彼が居なかったら俺は事務所に張り付いているさ……元銀行員だが出世コースに乗っていた事はある」
仁は苦笑するのも無理はない、とにかく口先だけの男ではない事は確かで中型や準中型にフォークリフトや運行管理資格まで取り揃えていたのだ。高卒か高校中退が最終学歴である社員の中では珍しく大卒である。
「後、朝一でタイヤ交換に来るからな……よろしく」
鍵の束を渡されると社はため息を付くが怜をここで寝かす訳にもいかない。




 翌朝、玲は胴着に着替え庭先に出ると既に将と正弘が組手をしていた。それを縁台で見る仁三郎……第一線を引いたとは言え長年の習慣から市場通いしており、自宅に戻れば婿と孫が組手をしていたのだ。これも盆や年末年始の風物詩である。
「おはようございます」
「おはよう、これは朝御飯がガッツリだな二人とも」
「いいえ、三人前ですよ」
日菜子の声に仁三郎も苦笑する。
「周辺走るから」
「気を付けてね~」
日菜子の言葉に将が寸止めせずに正弘の腹に拳を叩き込んだ。ガードが遅れた正弘は体がグラっと揺れた。
「マテ、ついていく!!!!」
玲は困惑するが父の眼は真剣である。兄を寸止めせずに足止めしたのだ。少し体が怠けたとは言えこの威力……よく工事現場に出入りするので時折だが各種職人で若手やら弟子とのトラブル仲裁にもしている。


「……えっ、宇佐美ちゃんが仁伯父さんの子供じゃない?」
「明確に言えば叔母さんの姉の遺児だ……彼女も流産で気落ちしていた所に長年音信不通だった姉の居所が分かった。連絡をして来たのが警察と宇佐美ちゃんの父親になる筈だった男とその関係者だ」
軽く走りながら将は玲に分家の闇とも言える秘密を話していた。
「……宇佐美ちゃんは知っているの?」
「知らないさ、ただ母親の実家には彼女の位牌と遺影があるから顔だけは知っている……幸い血液型が同じだったから学校に提出している戸籍謄本のコピーではバレてない。ここまでして隠しているのは宇佐美ちゃんの本来の父親が芸能界で活躍している方だ」
「どうしてこんな話を」
「玲は女性になったんだ、子供を宿す事も出来る年齢だ……だが子供を育てるのは一人では難しい。ましてや遺児にする事はダメだ」
玲は何も言えなかった、恐らく本家にも知られているので当時のやり取りが修羅場になったのだろう……。
「だから、神山さんや周防教授はあんなことを」
「二人が色々と介してくれたからな、正直言えば宇佐美ちゃんを手元に置けたのも日比谷先生の古巣の力が大きい」
宇佐美の本来の父親の名は伏せたと言う事は有名な方で家庭持ちなんだろう……玲は淡々と走る事にした。





楠瀬運輸に早朝、カラフルな四t車が仁のスカニア横に止まりタイヤ交換作業をしていた。創業時から世話になっているタイヤメーカー直営店所属のロードサービスカーである。店舗自体は大型トラックやトレーラーも対応しているが作業スペースをほぼ占拠する事もある事や大型トラックやトレーラーを牽引するレッカー車になると限られる、状況次第ではこのロードサービスカーでの対応の方が良い訳だ。
「はっ、はっ!社も大変だったな。いきなり有休消化って」
「おやっさん、相も変わらずですね……」
タイヤメーカーの作業服を着た男性は会話しつつも摩耗したタイヤを外して新品のタイヤを機械ではめ込む作業をしていた。社にとっては父親みたいな人物である。
「社長はどうした?」
「横山さんが持ち込んだ案件対応、息子さんが大型機械メーカーに勤めているけど出荷でトラブっていてね……心配になったから会社同僚に頼んだ」
「???」
「女性社員だから自宅の俺の部屋に寝かせた」
おやっさんの顔は苦笑する、そりゃあ一緒に居たら男女のアレに及ぶのは目に見えている。まだ年頃の妹が居るので配慮したのだろう……。社らしい配慮におやっさんも薄ら笑いをする、バカ息子もこれ位配慮すれば高校卒後から半年でできちゃった婚をせずに済んだモノを……。色々と早まったが今でも嫁さんの実家に赴き色々と作業をしているようだ。
「社ぉ、そろそろ家庭もたんと手遅れになるぞ」
そのバカ息子はせっせとタイヤを装着していた。いわゆる不良でバイクによる迷惑行為もしていたが引退当日に社に叩きのめされた以来の付き合いである。
「タイミングよくな……」
社はげんなりとした表情になる。




楠瀬運輸社屋にある応接間に横山さんの息子である横山 一路と先輩社員は魁と仁に運ぶ製品の写真や図面を見せつつこれまでの経緯を説明し終えた。
「ニッカでないと無理ね、研究班にあるカーテンサイダーや自働幌展開トレーラーには搭載できるけど納品先での荷下ろしになるとクレーン免許を持っている社員は少ないわ」
怜はボソッと言ってしまったので社員証を見せた。
「研究班?」
「簡単に言えば各種事故の対策や各種資材の開発や試験も行います、当然車両も対象になるので」
一路も噂は耳にした事はある、荷物事故の解決方法から車両の試験運用までする部署の存在……そりゃあ小口では流通大手だ、この様な部署があっても不思議ではないが機密性が高い部署とも言える。
「月纏契約の状況は」
「確か取ってます、本社と支社に工場との書類やアフターパーツの発送もある」
「じゃあアフターパーツの分をニッカに振り替えましょう」
「「「「!!!!!」」」」
四人とも驚いたが横山だけはニッとする。
「つまり、デカい荷物だけを使うのではない訳か」
「黒馬は確かに集荷の時間帯やベースへの荷揚げ時間が遅い反面、荷物事故もある。書類は機械図面の設計図もある」
横山の言葉通りだ。怜は自社の契約先を倒産させない為に商売敵に塩を送る算段をしている……因みに工場がある営業所の社員は休暇であったが早朝、怜のメールで慌てて連絡しておりこの場の会議を音声で聞いている。
「ニッカも営業所に発送品を持ち込みすれば値引き率が上がる、しかもウチよりもお得になるわね」
「よくごん存じで」
「ベースにも営業所があるし、各県にあるベースなんてニッカとは“ご近所”って言うのが殆どだからね……」
研究班は早急に荷物を運ぶ事も多々あり、黒馬のベースがある所にニッカの施設がある事も珍しくない……。
「ーその方向性でいきましょうー」
工場がある地域を担当する黒馬のSD社員は云う。やはりアフターパーツの荷物事故が時折起こる事にうんざりしており本社研究班に相談していた矢先に怜からの提案にノッてみた。
「ーニッカの営業ドライバーとは酒を呑む仲だ、探りは入れてみるー」
「ありがとうございます」
「ーいや、お礼を言いたいのはこっちさ……支店長から話は聞いてはいたがヤリ手だ……ー」
怜としては仕事をしてしまったので報告書やら作成する必要があるが暇潰しにはなった。
「社長、タイヤ交換終わったからサイン……」
社が応接間を覗くなり、伝票を父親である仁に渡す。
「この荷物か……他の運送会社は無理か?」
「デコトラ嫌いでね、前の担当者が散々詰ったらしい。その中にはニッカに協力する会社も含まれていたからなぁ」
横山がヤレヤレと言う表情に社は天を仰いだ。親父ならそいつをぶん殴っているだろう……。
「会長が旧友の所と“交渉”している」
軽快な話声ではない魁を見て社は分かっていた、こんな時は可也難航している……。
「すまんな、部下の肉親絡みで……」
魁はニッとする。
「今回に限って引き受けると言う事じゃ、ただ運賃に関しては勉強(=値引き)は出来ん、厳しい事になるぞ」
一路の隣に居た社員は直ぐにスマホで連絡する。工場に張り付いている同僚に向かわせる為だ。




朝のトレーニングが終わり朝飯を終えた玲は課題を計画的に片づけていく、ここら辺は日菜子がしっかりと躾けたらしく、空手が大好きな玲の性格を上手く利用していた感もある。将も溜まっている書類作成をノートPCでしつつも玲の課題を見ている。
「正弘は?」
「営業所に留めてある配達物を取りに行かせてますから……」
今の時期はお歳暮シーズンなので意外と配達物が多い。多くが将が世話をした職人さんやその親方やらであり仲人を務めた事もある。
「日菜子、家で何処か不具合とかないか?」
「特に……ほら、お父さんの常連には大工さんもいたからねぇ」
「そうか」
その横には夏海も夏休みの課題に取り組んでいた。
「なっち~きたよ~」
「浬ちゃん」
誠一の長女である浬(かいり)が顔を見せる、高校二年である。
「玲、ここまで育ったの」
胸囲の格差とはよくいったもんだ。浬の表情に玲は薄ら笑いをしていた。
「浬も黒くなったな」
「うん、陸上部に居るからね、今年も合宿無しだし」
将の言葉に浬はニコッと表情が和らぐ、因みに通っている高校では“結果より参加する事に意義がある”と言う方針らしく部の方針上合宿はしてない。
「だから、夏休みの課題終わらせないと塾の方にも影響が出る」
「大学行くんだ」
「う~ん、志望校は絞ったけど地元の方がいいのかぁ?」
「そうだな……俺は東京の郊外にある私大に行ったが、今思えば親父らに苦労させたなぁと……」
正弘が大学に進学しなかったのは予想外であったが篝との関係や正弘の性格をを思うと理解はした。最も学歴に拘っていると社会ではやっていけない……現に建築現場では高校中退者だった言う同年代も珍しい事ではない、だが高校卒でないと就職の選択肢が限られてくるのも現実である。玲に大学に通わせる事も考えてはいるが……。
「お祖父さんのファンで教授が是非っっていうけど……気が重たいのよぉ」
舅である仁三郎の料理の評判は各界に居る美食家にも知られているし東京を去る時には美食家らで憶測が飛んだ事もあるが三箸烏会の面々が本音を聞き出して納得してもらっている。
「家庭料理専門に扱う教授でねぇ……下宿先も用意できるって言うけど」
浬はこう見えて文武両道で高校も期待している。当然のことだが料理の腕前は両親仕込み、彼女の母親も京都では老舗料亭を家族で営み仁三郎も助として所属していた一つである。
「兄さんはどういっている?」
「自分の好きの様にすればいいって……弟子じゃないのに」
端から聞いていた日菜子も兄の性格はよく知っている、将と恋人になった事を打ち明けても同じことを言われ、結婚する時もだ。寧ろ結婚式の後に予定していた披露宴のコース料理に気になり偶々料理長が兄二人を同業者と見破り披露宴の後半は話し込んでいた事もある。義姉二人は呆れたが舅さんも談笑の輪になっており後日その式場から和食コースの新メニュー開発の仕事が来た。今でもそこの式場とは付き合いがある。
「それにしても、今の高校はこんな事もするんだな」
将は浬の課題を見て苦笑いをしつつも思う。玲には共学の方がいいだろう……精神的にも同性だらけではキツい。





 怜と社はベースにある事務所に顔を出していた。仕事をしたので報告書を作成したので研究班に送るのとお土産の受け取りである。社は高校からここでバイトをしていたので年配社員なら顔見知りである。
「はっはっ!まさか仕事してしまうとはなぁ、で飛脚馬便でなくても大丈夫なのか?」
「急ぎじゃないからね」
書類と言っても薄い箱にでありジッパー付きファイルで書類を入れているので液体が被っても平気である。黒馬社員なら誰でも講じる手段だ。
「沖瀬さんの方は飛脚馬便か」
「ええ、先方の工場と本社に一早く知らせる必要もあるから。朝一で……」
黒馬飛脚馬便とは郵便で言う速達に分類され日本全国翌日配達、温度管理を要する荷物や航空便不可の荷物は応じられない欠点はある。
「支払いは電子マネー」
その間に引き留めの荷物にある伝票にハンコを押す二人である。
「急な里帰りになって大変だったな、もしかして」
「まだ先だよ、礼服新調しなくていいから」
対応している年配社員は父親とほぼ同じ年代なのでこんな口調だ。
「従弟が従妹になって大変だな」
「もう写真出回ったんですか?」
「まあな、バイトしている学生らが色めき立っていたが俺がアドバイスしておいた。こっちもバイトとは言え色恋沙汰で病院送りにされたらたまらんからな」
彼も社の父親とその弟の事は昔から知っている仲なので釘は刺しておく、作業するバイト人数が割れると仕分け作業が遅れ配達先まで影響が出るのだ。最も効果があるか知らないが……。
「正直あんなに育つもんか?」
「楊教授とその息子も日本に住む羽目になったからな……」
「へぇ」
「あちらの財閥も色々とあったようでしてね……機材やらなんやら、ニッカの連中が運んでましたから」
遺伝子絡みになると機材もそれなりに高価でとても黒馬では扱えない荷物、即ち超精密重量物である……社も現場を見たが一目で実家でも扱えない荷物と分かり遠目になった。
「で、数日はいるんだろ」
「はい、まあ沖瀬さんの護衛になりそうですがね」
「護衛?ん?」
伝票の配達人の人命を見て気が付いた、年配社員も一連の事故での書類上に名前が記載している事もあり名前こそ知ってはいたがまさかこんな美人とは……声を絞ったが雰囲気で怜は少々気を使っているのか笑顔もぎこちない。
「ニッカにも煽り運転していた奴だったからなぁ、車内での一酸化炭素自殺を見つけたのもウチの社員だったな」
「堰さん、御無沙汰してます」
「おう、里帰りにとんでもない土産を……」
丁度荷物の受け取り場所はトラックベースの共用箇所でニッカの営業所受け取りカウンターとは道路を挟んで隣接しているのだ。
「……」
「ははっ、気が早いって……堰、まあどんな感じだ」
「一応カウンセリングは付けた、死体なんてやたら見るもんじゃないからな……職業上は」
交通事故に遭遇する確率は高い職業であるのだ。
「で、例の従妹はどうだ?」
「ああ……ヤバい、この先何人血を流すぞ、あれ」
社もガン見する程だ……。
「こちらとしても楠瀬社長の逆鱗に触れないようにするにも手はうってある」
「……お宅もか」
「扱う品物は少ないが専用資格が居るからな……」
堰は遠い目になっているのは社の学生時代に色々とあったのだ。



「随分と慕われているのですね」
「ああ、高校時代に世話になったからな……」
「?」
「中学高校時代に荒れた連中の中には恋人に種付けし右往左往した奴数人ニッカに紹介した、堰さんもそのパターンでニッカに入ったからなぁ……」
怜は何となくわかった気がした、変に水商売や犯罪に手を染めた姿は見たくは無かったのだろう。二人が使用しているのは三沢自動車のピックアップトラックであるハイラインRL、仁の愛車でもある……積載量も申し分ない。四ドア四シートのハーフタイム4WD、これは積雪の際にも行動出来るように求めた結果であり現行モデルは完全に逆輸入車である。
「今や家庭も仕事も円満、だがそれも出来なかった連中もいる」
「?」
「残念ながら在学中に暴走族していてヤンチャ過ぎて警察に世話になった奴も居た……親父の頃と比べると少なかったけどな……正弘の時なんて全く居なかったから驚いたよ」
怜は苦笑するしかなかった、確かに社はバイクの腕前も良く大型自動二輪も持っているので時折黒馬馬脚便のヘルプにも応じている。
「……随分他の運送業想いなのね」
「単に自宅が社屋と隣接している、事故ると面倒になるからな……自宅宛ての荷物位は営業所留めにしている」
「……確かにね」
社の表情は苦笑いをしている辺りやはり過去に起こした事もあると見て理解した方が早い。怜も倉庫街での事故事例を幾度も視ているので分かる。
「……それにしてものどかね」
「これでも流通倉庫やら企業団地やら増えた方だよ、三沢自動車の本社工場が無ければとっくの昔に過疎になっている、本家も巧く炭鉱から手を引いて爺さんもトラックによる運送業を軌道に乗せたからな。炭鉱夫の失業対策にもなったしな」
楠瀬運輸の起業時ドライバーは炭鉱夫か両親が炭鉱で働いていた若手である事は怜も理解できる。
「炭鉱が閉山したのも……」
「可也デカイ事故が起きた事は爺さん達から聞いた事がある、起業時に居た若手は何れもその時に父親を亡くしている。炭鉱の運営していた会社もこの事故がトドメになって事業継続不可になり閉山した」
この時は既に楠瀬家は炭鉱経営から手を引いていたが溢れ出た失業者の為に色々と手を打ったらしい。モータリゼーションの波に乗った三沢自動車がここに本社工場を設けた事で一定の効果を得た事は明確である。
「とは言え、炭鉱周辺にあった住宅地は放置されていてな……何かと悪い連中が愛用していた」
「……詳しい訳ね」
怜は苦笑しつつも助手席の車窓を見て思う。本当にのどかな場所だ。



 玲は課題を終えて背伸びをする、ハーフパンツにTシャツと言うラフな格好で胸は揺れており浬は苦笑するしかない。これで春先までランドセルを背負っていたから同級生が眼の色を変える。無論将叔父さんの怖さはよく知っている……。
「お昼どうする?」
「食べてくるつもりで来たから……食材も」
来た時にアウトドアワゴンと呼ばれる荷車にクーラーボックスを載せていた。そこに入っていたのは……大きな魚がぎっしり入っていた。
「ブラックバス……」
「どうもパパのお得さんが入れ食い状態になってしまって……リリース禁止になってしまって困って……」
仁三郎はニッとする……日菜子は理解しているのか言う。
「三人ともブラックバスの三枚下し教えておくわよ」
「「はい?」」
夏海も浬もよもやブラックバスを喰うとは思ってなかったが玲は察したのか準備を始める。
「アメリカじゃ入院患者用の食材としても使われる、釣り人の中にスズキの事をシーバスって言っておるじゃろ……スズキの一種じゃのぉ」
仁三郎はニッとした、ちゃんと泥を吐かせておる……淡水魚を扱い方に関しても散々言ってきたからなぁ。
「高タンパクで低脂肪、アミノ酸とタウリン豊富……だから揚げ物にも最適なのよ、生食は避けた方が良いわね、確か顎口虫って言う寄生虫が居るから処理が面倒になるわよ……」
浬はこの時点で両親がコレを持たせた意味が分かった、祖父と叔母は料理好きだからだ。
「うむ、サバに寄生するアニサキスよりも処理が難しいからのぉ」
これは淡水魚全般に言えるので熱を加えた方が安全なのだ……。
「琵琶湖だとブラックバスを専門に扱う料理店もある位だ、覚えておいても損はないぞ」
仁三郎は魚の特性さえ掴めば三枚に下す事は造作もない……玲も何度かブラックバスを捌いた事はあるのだ。匂いがキツイ箇所をとって霜降り処理して塩を塗しておけば後はフライでもいける。玲は確かめる様にしてあっという間に捌いた。
「霜降り処理の薬缶ってこれだっけ?」
霜降り処理とは肉や魚の生身に残るぬめり脂と血を処理する方法だ、これらは匂いの要因にもなるので煮る場合は有効な手段だ。熱湯で洗い流すと言った感だ。
「ええ……覚えていたわけね」
「だって、お父さん一時期よくブラックバスを持ち帰っていたからね」
数年前に建築依頼主が大変な釣り好きであって諸事情で将も釣り竿を持って接待した事もある。その際にブラックバスをリリースする事は無く持ち帰っておりよく料理をしていた。将の釣りの腕前は普通であったが空手で培った忍耐力と身体能力がマッチして筋が良いらしい。
「じゃあ私らもするか」
浬と夏海も包丁を持ちブラックバスを三枚に下し始めた。二人とも父からは仕込まれており小学生時代に調理実習が始まる段階では既に基礎は完璧であり、浬は中学生一年生の部活での合宿の時には一年でありながらも三食の賄を一任される事態になり父親が態々レシピを持たせた。料理が不慣れな同級生が分かりやすいように解説付きで……今でもそのレシピは通っていた中学校に残されており代々引き継がれている。



昼飯はブラックバスの天丼、野菜のかき揚げ付である。真夏だから揚げ物を避ける主婦は多いが日菜子の場合は例外である……料亭の調理場は寒暖の差が激しいのだ。
「うむ、よく仕込んでおるのぉ」
「そりゃあ和食の巨匠を祖父に持つから料理だけはしっかりしておかないとねぇ……」
日菜子はボソッと言うと正弘は苦笑する、彼も戻って来て早々にブラックバスの切り身を揚げる事になったが手慣れたように調理したのだ。
「正弘と社、どちらが早く家庭を持つかのぉ……」
「俺は数年先だよ、篝の就職先が東京郊外になったからなぁ。社従兄は……どうだろう?」
「兄から聞いたけど先になるかもなぁ」
「???」
「会社の同僚、訳在りで今実家に匿っている」
将は仁からある程度は聞かされていたので話す。仁三郎は眉を吊り上げた表情になり日菜子はそれが怒っている時の同じと分かる。
「お父さん、恐らく三箸烏の面々が動いているから大丈夫よ……」
父のスマホを遠ざけて置かないと連絡をするだろう。日菜子はヤレヤレと思いつつもいう。
「親っとしては失格ね、その母親は」
そうなった理由は夫から聞いたり、神田川の常連さんからの世間話で大体察した。余程箱入り娘だったんだろう、子供の躾も碌に出来てない事は事実だ……最後は練炭による山中での車内一酸化炭素中毒死だ。愚息にしては自決の仕方には少々人に迷惑をかけた方だ。
「日菜子もキツいのぉ」
「親が和食の巨匠、兄二人が若手なら当然ですよ」
正直、料理の世界とは無縁の将だからこそ日菜子はちゃんと妻として母親としてやっていけるのだ。夫が料理人ならちゃんとした家庭を築けたのか……日菜子が将を選んだのは自身の生い立ちや料理の才能で不幸になる事を恐れたからだ。




「学校のプール開放日?」
「うん、私が卒業した小学校で毎年やっているの……卒業生も時折利用出来る場合もあってね……」
夏海はスマホ見て口籠る理由、それは保護者の中には泳ぎは苦手と言う方もいるので卒業生にもお声が掛かる訳だが予定していた同級生らがドタキャンを喰らい夏海だけになった。
「ちょっとまってね」
日菜子はスマホを操作し通話を終えた。
「正弘、玲、お父さんと一緒に夏海ちゃんの手伝いしなさい。大丈夫……校長先生、私の恩師だから」
「「「はい??」」」
ニッコリした日菜子に夏海はキョトンとした。三人ともサッと準備を始めたのだ。



「里帰りの最中に申し訳ないわ……神田川、じゃなかった楠瀬さん」
「いえ、先生には随分世話になってますから……」
主に兄二人が随分ヤンチャだったらしいが今や和食の世界ではそれなりに名がある存在だ。偶々仕事の為に校内に居た校長先生は若い頃に教壇から見ていた教え子の一人と再会したのだ。初老で如何にも教育に人生を捧げた女性教員って言う感じで人柄が良い感じはした。
「下の子が変性症になったって聞いたけど大丈夫そうね」
「ええ……みんな受け入れてくれましたし」
先程挨拶した玲を見た校長先生は一目でわかった、日菜子とは卒業してからも年賀状のやり取りはしており結婚式の時にも招待された。当然日菜子の子供の事も知っている……。
「美人ね」
「この先何人血を流すか……はぁ」
確かにあの巨乳と身長の低さは男をその気にさせる。



「やっぱり大きい」
夏海は女子児童用更衣室にて玲の胸を見て呟く、本当に浬が同級生に伏せた方が身のためになるのは分かる、因みに二人とも学校で使うスク水なのでセパレート方式である。在校した時から老朽化が目立ち卒業した後に校舎は建て直しされた、真新しい校舎には夏海も戸惑ったがプールは変わってなく女子児童用更衣室が整備された事に驚いた程だ。
「ほんとうにいいのかなぁ?」
「校長が許可出したからね……」
夏海もよもや叔母一家を巻き込んだので気まずいと思っていた。
「あれ?夏海先輩……その隣に居る子は……」
背後から声に玲は振り向くと体を震わせている夏季用セーラー服にツインテールの少女が視界に……夏海もアッと言う表情を見せた。
「あっ!落ち着いて!」
「このどろぼぉー……」
玲に襲い掛かって来たが玲は背後に回り腕を掴み抑え込んだ。声には出してないが痛い筈だ。
「!!!!」
「男の子だったら拳が来ていたわよ……流石に噂に聞く元美少年」
慌てて玲は襲い掛かって来たツインテールの少女を放して間合いを取る。
「礼子ぉ」
「だっておねーさまの隣は私しかぁ!」
玲は何となく状況はつかめた。夏海従姉に恋愛感情を抱いているのだがそのレベルがストーカーと判断されても仕方ない程に、何よりも関節技を決めている最中とは言え背後に囁いたもう一人の少女にも玲は警戒した。セミロングで茶目っ気があるが……。
「私は佐倉 はゆ、夏海ちゃんが通う高校の先輩、でこっちが妹の礼子で中学二年……」
はゆは礼子を軽々と抑え込んでいる。
「にしても……玲ちゃん本当に爆乳なのね」
「はい」
どうも彼女は玲の事は知ってはいた。
「私より胸あるじゃん、下着とか苦労している?」
「……察しの通りです」
無論トスカさんの勤め先のアパレルメーカーのセンスが悪いとは言えないが値段が凄いのだ。
「それと何か武道を嗜んでいるんですか?」
「合気道、イヤー礼子を抑え込むなんて中々居ないよ……ああ、彼女夏海ちゃんの事好きでねぇ……」
はゆは礼子を見事に抑え込んでいる。これは護身術では無く本格的にしている……。
「礼子にも男の良さ教えないとなぁ……」
「……道場の門下生でもあてにしているんですか?」
「礼子も合気道出来るから大丈夫よ」
……この分だと近くこの二人が日比谷道場に“襲来”すると確信する玲は天井を見上げた。



小学校のプールであるが一番端は浅く柵で区切られている。
「一年生とか泳げない子向けの方ねここは」
夏海の小学生の時にはこの形式になったのは過去にヒヤリとした事故が起きており事故を無くすために改修に踏み切ったと言う。玲が卒業した小学校ではプールにプラスチック製の台で底上げした程度だ……。
「あれ?お父さんと兄さんは?」
日菜子の視線の先には二人とも競泳をしていた……地元の男児小学生らは目を丸くする。無理もない二人とも筋骨隆々、父は少々鈍った肉体になったとは言え世間一般平均的なお父さんの体形と比較すれば立派な筋肉である。
「すげぇ~~おじさん」
「ははっ、ちゃんと努力した結果だからな……そこに居るお兄さんの方がよいぞ」
確かに、居合わせた奥さんらの視線を集めている事は夏海らも分かる。
「あ、来たか……」
玲を見た男子児童がドキッとするの無理はない……中学一年でこの胸だ。年上同性の方も眼も釘付けである。
「……もしかして楊教授が言っていた子かな」
隅っこの方で妻から子供のプールの付き添いを頼まれた夫と言うオーラを出していた男性は尋ねると玲は頷く。恐らく彼は医師のライセンスがあるから妻として見れば万が一の時にも安心なんだろう。なんせここは過去にプール開放日の時に児童が溺れる事故が発生しこの時は発見が早く心臓マッサージとAEDによる処置が功を奏している。しばらくはプール開放は見送られていたが地域の事情により卒業生やその身内にも利用してもらうと言う条件で今に至るのだ。取り分け医師や看護士資格を持っている保護者なら重宝される訳だ、例え医学研究者でも。
「何事も在り過ぎると困るもんなんですよ」
彼としては精一杯の援護と言うべきだろう。足元にはファーストエイトと呼ばれる医療器材とAEDが置いてある。


玲も準備体操をして体を解してプールに入る。暑かったので顔が緩む……やはり胸の辺りが熱い……父が仕事で使っている空調服に付いているファンを胸に差し込みたいと思う程だ。
「えっと……」
「はゆちゃん先輩でいいよ、泳げる子はリボン無しになっているから」
はゆも玲の隣に居る、身長が頭一つあるので胸の谷間まで見える。
「リボン?」
水深が浅いエリアに居る児童を見ると蛍光イエロー生地に安全ピンが付いており水着本体を傷めないように専用クリップで挟み込んでいる水着を着た子が多い。
「あの子たちは浮き輪無しではここに入れないからね……浮き輪も抜けないサイズで、座るのは禁止」
「?」
玲はキョトンしたが夏海が言うには溺れた児童が浮き輪の上に座って浮いた状態になっていた所に驚かせようとして同級生が水中から上がろうとした時に目測を誤って浮き輪の上に座っていた児童に衝突し落ちた。幸いにも後遺症も無く加害者児童の親も被害者本人とその保護者に平謝りした事により事無きを得たが変な規則が出来たしプール改修予算が組めたのも大きい……。
「でもスク水にしたのは?」
「えっと……やっぱり学校のプールだから」
卒業生に限っては私物の水着も認めているが脱げやすいタイプは控えているらしい。理由としては玲も察しが付く。
「どの学年にもこんな悪ガキがいると……」
背後から胸を触ろうとした男児をパッと回避し抑え込む玲……体格的に同じに見えるが彼女は幼少期から空手と水泳をしているから造作でもない。
「あたり、よくわかったね」
「小学校の時から幼馴染が美少女でよくちょっかいされていたからね……ハーフで見た目は可憐……だけど口よりも拳が出てくるから」
はゆは直ぐに察した、玲も幾度も止めたのに違いないと……。
「はゆ姉!どうしてここに?」
必死に藻掻いているが玲の腕力は強くビクともしない。
「……アンタを捕まえている子ね、お兄さんとお父さんも来ているんのよ……」
はゆの視線の先には必死に営業スマイルをしている将と正弘の姿が……。
「リーナなら頬叩かれているよ、第二次性徴の事は知っているよね?」
「うん、小学五年だから知っている筈」
はゆとはどうも近所らしい。ハーフパンツ型水着を見るとリボンは無いのだが……彼の股中央辺りは膨らんでいた、この分だと暴発しかねない……玲は直ぐに放した。顔が真っ赤になっている辺りは本当に危なかった。
「こいつは阿蔵 陽……まあ近所じゃ悪ガキの一人でお隣さんなのよ」
意味有り気に笑う辺り弱みでも握っているんだろう。
「陽、この子は神田川の爺さんの孫娘なのよ……」
「はい?」
「変性症で女性になったから男性の方にも詳しいからね……もう」
はゆは強引に陽の手を捕まえてプールの端に移動した。玲も何となく理解はしている……。
「ふふ、日菜子さんと全く同じね」
母の恩師である校長先生は笑う、小学校では共学だったが中学校からは女子校になったのは余りにもお転婆で女性らしさを身に着けると言う意味で放り込んだ事は祖母から聞いた事がある。
「先生……そのぉ」
玲は視線をプール全体を見る、泳げる子も居るがフォームが怪しい感じな児童が数名……父と兄は低学年の子との遊んでおり、夏海が隣のレーンで伴走する形で泳いでいる。玲はその児童数名に視線を移すと校長先生も同じ視線に……。
「危ないかな」
玲はスッと潜り込み競泳レーンへと向かう。保護者らも気が付き兄と父も泳ぐ……玲の視線にレーンを仕切るロープから手が離れ水中へと沈む男児が見えた。玲が手を伸ばした瞬間にその男児を捕まえ水面に上げた男性が見えた。兄程では無いが筋骨が隆起している。
「馬鹿ぁ、お前あんまり泳げないのに……」
咽る男児を抱えていると兄と父も支える。先程の医師免許持ちの男性保護者も駆け寄り様子を診る。
「念のために病院に」
「はい、じゃあ俺は親に連絡します」
プールサイドにシートをセットして男児を診た男性の判断に少年は頷く。
「……あの、先程は……もしかして楠瀬さん?」
「もしかして柳の所の……大きくなったなぁ!!!」
玲はキョトンしていると正弘は云う。
「親父の喧嘩相手の一人に柳 竜人っているだろ、上の子が高校生で竜也だ。一昨年イベントで顔合わせているだろ」
「正弘さんも……アレ?玲君は今日は」
少年は将と正弘の視線の先に居る少女を見て唖然とするも直ぐに気が付いた。
「……」
「まあ、こうなった訳よ」
日菜子も苦笑するしかない、竜也は水着内にて隆起するアレに困っている表情だ。


「はっ、はっ!お前も人並みに反応するもんだなぁ」
「おやじぃ……龍二に付き添いしなくっても大丈夫なのか?」
「今頃かーちゃんがガンガン説教しているからな、俺は小言は家で受ける方が楽なんだよ」
一時間後に竜人が小学校に来て何度も頭を下げた後である。
「恐妻家も変わってないなぁ」
「将もな……話には聞いていたが玲君が女の子かぁ」
「ああ」
将の表情を見た竜人は分かったように言う、学生時代に幾度もキレた前に見た事ある表情だ。
「分かっている、二人には女の扱い方位は教えるさ……最も怒らせたら緋沙子が怖い」
「???」
「高校時代レディースの特攻隊長を務めたからなぁ」
これでも良妻賢母になったのは日菜子の影響であり、結婚前には可也料理の腕前に磨きをかけ、結果は竜人の腹の出具合でわかる……工場勤めであり今では管理職の肩書を持つ。龍二が溺れた連絡は妻から受け仕事の進捗状況を見て早退扱いにして貰えた。病院よりも事故現場である小学校に赴いたのは当然のことである。意識もあったし検査と診察した病院でも入院する程もない。
「校長先生、やっぱり水泳のレベルはもうチョイ別けた方が……」
用事で登校していた学年主任もホッとするなり告げる。玲は小学校入学する時点で難無く泳げるようになっていたので水泳の授業は物足りない感もあったのは事実だ。泳げない子がどうして出てくるのかも不思議に思った時もある。
「やってください、あの事故の事はこの学校で世話になった大人なら誰も分かってますから……この際龍二も水泳教室に通わせるかぁ」
「そうした方がいいぜ、俺もしょっちゅうここに来るわけにも行かないしなぁ……」
龍也は今でこそ健康優良であるが昔は体が弱く体力を持たせる意味で水泳教室に通わせたら改善、龍二にも試みたが気弱な所もあって体験教室の際に溺れかけた事がネックになっているらしい。
「でも、泳げるようになりたいのなら通わせるのも手よ」
夏海は告げると浬も頷き、はゆはため息交じりに言う。
「……陽から少し聞いたけど虐めの被害の疑いもあるっぽい、龍二君に……水泳であまり泳げない事をからかっている連中が居る」
この事は校長も把握しているらしく穏便に解決に向けて加害者の親と話し中らしい。加害者の親としては大問題になれば中学や高校での扱いやら大学にも影響が及ぶのであるが最も本人らは認識してない。小学生だから無理かもしれないが少なくとも三年後になって愕然とするだろう、自らの過ちによるおかれた状況に……。
「ちっ、どの親も躾を学校任せにしているからなぁ」
竜人も緋沙子もヤンチャしていたから躾の重要性は誰よりも分かっていた。だから二人の息子には時には拳骨もした、だから悪い事は一切してない……。
「水泳の授業でみんなに追いつくためにあんな無茶を……」
後日、加害者児童らにキツい言葉が投げかけられる事になるのは云う間のない。



「しかし……ここまで育つとなぁ」
竜也とはゆちゃん先輩は同級生らしく、陽とも顔見知りだ。三人とも水深が低学年の膝ひざ下までの箇所に居る。
「陽もはゆの他に関節技ハメられたのは初めてだったろ……玲も空手しているから下手したら殴られていたな」
「うん、まだ慣れてないから関節技は……」
「まあ陽なら殴っても大丈夫よ」
「……」
玲としては少し言葉を選ぶのには困る。知り合って間もないし彼が格闘技を嗜んでいるとは思えない。
「……」
少し離れた場所に居る礼子の視線は玲も分かる程に殺意が飛んでいるが仕方ない……自分だってこんな姿になるとは思ってなかった。
「玲ちゃんの事は夏海から聞いた事があったからね……で気になる子は居るの?」
「……」
「多分、大人の方に居るな」
竜也はホッとした、あの父親と兄に面と向かって“恋人としてお付き合いを認めてください”と言う位なら天敵で生徒指導兼任している担任のお説教の方がマシだと思える。問題はここら辺の同世代の多くが楠瀬の怖さを知らないで手を出す事だ。はゆの場合は合気道をしており、警察署に出入りしている師範が日比谷師範代とは旧知の仲なのて知っていたようだ。
「……」
玲の無口な所を見るとビンゴと言った感じだ、はゆはニッとする。
「後でスマホの番号教えて……多分礼子がねぇ」
「是非、多分リーナと鉢合わせになったら……」
「リーナ?」
「楊・リーナの事ね……彼女も強いからねぇ」
「知っているんですか?」
「小学生時代に校庭でボコボコにされた奴、知っているから……」
玲は何となく覚えているが恐らく小学三年生の時に上級生男児に素行が悪い奴が居てリーナのスカートを捲ったのである、数秒後リーナの回し蹴りが見事に頭部にヒット……取り巻き数人が襲い掛かったが玲が仕留めたのである。先生が来た時には上級生数人ヒヨコが頭部に回っている状態である。上級生らの保護者は何れも特に抗議する事も無く、中学進学時には別校区になった。相当な悪ガキで変に抗議すればブーメランになる……日比谷先生にも相談している被害者の親が数人居たのでやんわりと言ったのだろう。その加害者児童の保護者らも良い判断をしたとも言える、ゴネると自分自身の立場すら危うくなる。
「あっ確か」
玲はその名を言うとはゆは頷く。どうも懲りてないらしく素行が余りにも良くない……警察もマークしている噂だ。
「ここらへんで盗撮事件が起きているのよ、スク水児童の目当てにね……そいつが主犯格って噂、金回りが良過ぎるのよ」
だから夏海の同級生がドタキャンしたと言うよりも保護者がやった可能性がある、玲はハッとした。
「……はゆちゃん先輩はクロと踏んでいるんですね」
「ええ、そいつバイトしているけど割にあってないし……それに玲ちゃんが大型商業施設内の駐車場で絡んだ連中との認識もあったのよ」
「!!!!」
「あいつか……最近姿みてないしなぁ、明日にも様子見て来る」
「穏便にね」
「……あいつらの出方次第さ」
穏便でない雰囲気である。




「ーあ~あいつね、確かに良くない噂は聞こえて来るわね、今でもねー」
帰宅後、スマホにてLトークのビデオ通話でリーナに話すと彼女はあっけなく言う。すでに夕食を済ませており気になったのでリーナに話してみる。
「ーじゃあもう玲の事は知っている筈だから……やられたかもー」
「……」
「ー心配しないで、既に警察も動いているわ……橘さんが叩きのめした連中のアジトから出てきたのよ、児童ポルノの原材料がねー」
「!!!!」
「ー伏せて置いたけど、昔の事もあるし……気を付けてねー」
スマホを操作して通話を終えた。机上にあるペンケースを見てシャーペンの芯が無い事に気が付いたので近くのコンビニに行くことにした。



「アレまぁ、神田川の所の……まあ女の子になったって言うのは大将から聞いたけど、美人ねぇ」
最寄りのコンビニオーナーは気が良いオバさんであり、元々酒屋をやっていたが高齢化により商店街が軒並み廃業……そこでコンビニを開業している訳だ。
「はい……オートコンビニなんですね」
「ええ、ここら辺は寂れているしバイトも長続きしないから……昨年導入したのよ……」
確かにこれなら商品補充と万引き防止も出来る、コンビニは創業当初は24時間営業を前提にしていたが昨今の社会情勢の変化により地域によっては24時間営業が難しい地域が出てこの地域もそんな一つでここら辺でコンビニとなるとこの店舗しかない。運営会社も24時間営業を強要すればどんな事態になるのか……オートコンビニは元々東京や大阪の大規模高層ビルの中層や高速道路のSA/PAに期間限定での臨時店舗としてシステム開発をしており、オバさんの様に郊外にあるコンビニでの使用は増え始めている。やはりバイトの確保が難しい現実もあり今後も増えると言う。
「私も何年働けるか分からないしね……」
確か子供は独立しており東京郊外に住んでいる。玲も買ったのはシャーペンの替え芯とペットボトルにスナック菓子で店番をしているオバさんと話せる、それだけ繁盛してない訳だ……立地条件上住宅も疎らで国道から少し離れているので抜け道としての利用もあるがこのコンビニにも恩恵があるのだが……何分狭く昔は田圃だった事で直線になっているので速度が出やすい、幾度か児童が巻き込まれそうになる事故も起きている。何時閉店を迫られるかも分からないので無人店舗の実証計画に参加した……そう簡単に閉店を迫られる雰囲気を持たせない為だ。
「どうだい?」
「変性症の専用病棟で慣れてますから、ただ普通のコンビニに慣れた人には不満かも」
確かに感染症のリスクを気にする方ならオートコンビニシステムは魅力的だ。人員も削減出来る。だがその反面各種料金代行が出来ない、ここら辺は郵便局も銀行もしているが対面になるとコンビニが有利だ……。それも24時間営業の利点になるが振り込み自体も電子化された今では……。



玲は帰宅するべく店の外に出ると甲高いエンジン音が複数聞こえて来た……玲も自動車の事は知らないのだが不快と思う、俗に言う暴走族って言う連中だ……違法改造された自動車数台とバイクが多数、玲は我関せずと言う事で足早に去ろうとするもバイクが進路をふさいだ。特攻服に安全靴と言う即乱闘OKな出で立ちで頭髪も即生徒指導の対象になる。
「お嬢ちゃんあそばないか?」
「いえ、結構です」
この分だと玲の事は知らないのだろう、無理もない……穏便に済ませたかったが仕方ない。背後から玲の手を掴もうとした男性の手を捻り上げそのまま蹴り上げた。
「アマのくせに!!!!」
玲としては少々キツいかもしれない……その時気高いクラクションが鳴り響いた。振り向くと夜空に映えるイルミネーションのライトを全て電気を通し運転席から男が下りて来た。
「お~玲、女の子になったんだから無理はするなよ……社長や将になんて言えばいいのか知らんぞ」
「島さん……」
楠瀬運輸の社員でも島 京一郎は直ぐに玲の前に立つ。体格が良く鍛え抜かれた筋骨隆々の体はTシャツがはち切れそうだ。
「テメェ!何もんだぁ」
「極楽蝶が俺の事を知らんとは……まあ世代交代にしくじって数年活動できなかったからぁ。ギャンブルドックも……」
暴走族の連中はバットやらメリケンサックを手にしたが島はニッとする。
「ギャンブルドックの特攻隊長の島だ!!!!」
それでも次々と暴走族の少年らが襲い掛かってきたが喧嘩馴れした京一郎と玲の拳と脚により倒された。
「ちっ、現役の中に俺の名すら知らんとはなぁ……」
「(確か仁伯父さんと同世代だったはず)」
大まかな計算をすると知らない方が多いと玲も理解するしかない、この辺りも地場産業の都合上、住民の入れ替わりが激しい所である。バイクのエンジン音を鳴らし二人を取り囲む……最近のワルガキにしては少々骨があるな、島はニッとすると道路の方から衝突音がした。
「あれは……あっ」
島はそのトラックに見覚えがある、学生時代に仁と幾度も殴り合いをした猛者であり極楽蝶全盛期に頭を務めた最恐の男……三沢ロードポータートラックのトレーラーヘットにしユーロスタイルにドレスアップ、トレーラーも欧州では一般的なカーテンサイダー……それを停車していたバイク数台衝突して止まったのだ。普通は接触事故は厳禁だがそれ以上にヤバい事態が進行しようとしているのだ。降りて来るなり叫ぶ、コンビニのオバさんからの通話で事の重大さが分かったのだ。
「はぁ~~お前らなぁ、なにしているんだぁ!ああっ!!!」
島も久しぶりにこの声を聴くと天を見る、玲も圧される程の声で極楽蝶の現役の面々もあとずさりする。
「ん?島か……大丈夫か?」
「おかげ様で、もうちょい登場遅くっても良かったが、社長の姪っ子に何かあるとこっちもメンツが立たない」
「……もしかして将の子供か?息子二人じゃなかった?」
「いや、玲だよ、女の子になったがね。社長や将さんから聞いてないか?」
彼は事の重大さを直ぐに理解した、仁よりも怖いのが将だ……。
「お~お~龍堂っ、後輩らに伝えてなかったか?」
将の眼は据わり、アルコールも入っているが玲の危機的状況は見て分かった。極楽蝶の数人が凶器を持って襲い掛かるが将は直ぐに反撃に移りKOさせた。
「りゅ、龍堂さん!!!!」
後ずさりした暴走族の少年の中から一際背が高い少年が声をかける。
「すまんな、余りにも殺気が立っていたからバイク数台ぶつけた」
「いえ……そちらに居るのは楠瀬 将さんですね……申し訳ありません!」
玲も唖然としたが将も未だに名が通っている事に困惑するしかない。極楽蝶の面々も事の重大さを漸く理解した。



「彼が極楽蝶の全盛期にヘットを務めた龍堂 一介だ、今は雑貨専門運搬の会社に勤めている」
「後輩がら失礼な事をして申し訳ない、後でキツく説教しておくから」
「でこちらが原野 清次郎で今の極楽蝶の頭を務めている」
「申し訳ないっす、まさか正弘さんの妹さんとは思ってなかったす」
「いえ、変性症で女性になったので」
清次郎も変性症の事は聞いてはいたが実際に見たのは初めてらしく驚いた表情だ。
「あの一件も収まっても無いのに」
島が言うのは玲が関与したあの事件だ……余罪が色々と出ているらしくこの分だと全員成人式は塀の内側になる公算があり、追加の逮捕者も出ている……島が居たギャンブルドックからも補導された少年が出ているし、極楽蝶のOBも逮捕……何れも性犯罪での検挙だ。
「清次郎、バイクの修理は実家にある兄貴に頼め……あんまり損傷はしてないと思うが……」
「いえ、俺が統率取れてないばかりに」
因みに玲に手を出した少年らは未だに座り込んでいる。余程強く突かれたのだろう……将が返り討ちした少年らもだ。
「警察沙汰にしたら面倒になるからな、ったく……ナンパも出来ないのか最近のガキは」
将は飽きれているが警察に被害届を出さない様にしたのは穏便に済んだからである。玲にも実家の運送会社社員にも被害は無い……まあ会社に戻って来る時刻は遅くなる事は連絡済みである。
「あっ、来た」
島がため息する表情に玲も分かる、チョイ悪親父が如何にも好みそうなドレスアップされた四ドアセダンから下りて来たのがギャンブルドック全盛期に総長を務めた神崎 來……今は父親から継いだ三沢市中心街にある歓楽街に幾つか貸しビルを持つ実業家である。成り立ちからも少々コワモテな感じであるが情に厚く何かと世話を焼きたがる人だ。
「将さん!!!島!大丈夫か!!」
「大丈夫だ……穏便に済んだよ、龍堂のお陰でなぁ」
将も誰から連絡を貰って来たのか聞きたい位だ。
「りゅうどうぉ」
「こっちも仕事でバタバタしていたから玲ちゃんの事は他の奴らが現役に通達している、ただな……」
「痛い目に逢わないとダメっぽいです、本当にこの程度で済んでよかったですよ……」
現役の言葉にOBである面々も分かる気がする……。
「三沢市にシマがある連中は玲ちゃんの事は知っているからな……一応手は出すなって言う通達はしているがね」
ギャンブルドックは三沢市にシマ(=縄張り)を持っているが島や神崎の頃と比べると少人数になっている、極楽蝶は今ではこの辺りをシマだが昔は三沢市にも及んでいた……龍堂が総長を引退して直ぐに内部分裂が起きてしまい、警察に世話になる程凄惨な事件が発生、ギャンブルドックにも抗争の火種を齎した……極楽蝶は三沢市での居場所を失い、ギャンブルドックも少人数になった。極楽蝶の今の総長は礼儀を通しているが先々代の総長は真逆で余りにも悪逆非道を尽くし遂にはOBの一人である龍堂の耳に入るや否やその晩でキレてしまい、当時の総長も初対面であったが真向から反抗……これまでの総長らも身内だけでは収めきれないと判断した将と仁らに助けを求め日比谷師範代も来た時には殴り合いの最中……二人を投げ飛ばして引き剝がした所で警察官らともに来た夜須さんが手錠をかけた……今の総長である清次郎はその時に居合わせた一人で関係各位に相談をしており先々代の総長を引きずり下ろした“戦犯”でもあり“英雄”でもある。先代総長と共に立て直しを図ってはいたが志半ばで清次郎に特攻服を託して引退し今に至る。
「島、龍堂……とりあえず帰社しておけ。こっちから連絡はしておくから」
とはいってもこの騒動が一晩で収まるとは思っても無い。




「そうか……」
仁は島からの報告を受けて天井を見た。極楽蝶の事は社員でも何人か関係者が居るので気にはしていた。先々代総長が“歴代最悪の男”であり、更生でもやり過ごして東京に出たと言うのは知っている……家庭の事情で各地を転々とするうちに大人への不信感が爆発したのが中学時代だ。こうなったのも従兄の一人が変性症になり色々と誤認された結果、父親は職を失った……そして三沢自動車の関連会社に就職は出来たのだが、息子が逮捕され辞表を出すも上司や社長はそれを受理しなかった事は聞いた事がある。
「彼の場合は自治体があいまいな対応した事が問題視されて県知事まで任期途中で辞表でしたね……従姉自殺未遂まで起こした原因にもなったな」
「ああ、医者のお陰で事無きを得たが未だに許しては無い……」
彼女はその後国外移住をしている、完全に日本の教育制度すら信頼してないのだ……。補償も断り移住先の国籍も取得、こうした選択を出来るのは一部に過ぎないがこれでも政府には課題を突き付けられた格好になり、今現在は自治体の方でも変性症による女性の把握や支援の在り方を模索し、一昔よりは改善された。
「でも、彼にとってはどうでもいいかもしれませんね……約束された平穏な人生を奪われた事は事実だから」
怜は事務所にて社と共に運行記録や資料の整理を手伝い、漸く終わったのである。島からの連絡を受けた社は聞いた瞬間に天を仰いだ、場合によっては社員の何人か現場に向かっている可能性もあるからだ。
「海外に移住した従姉さんも同じ考えかもしれませんね……私はそこまでは考えが及ばなかったけど」
「極楽蝶の歴代総長も彼には手を焼いたからなぁ、東京で変な事してなければいいけどな、親父こんなもんでいいか?」
「ありがとうな……沖瀬さんまで手伝わせて」
「いえ、普段は縁がないお荷物もあったから扱いとか勉強になりました」
「黒馬は建機を運ぶ事は無いからな」
とは言えフォークリフトは無くてならない道具でありちゃんと゛フォークリフト運転技能講習”に加えて黒馬運輸社内独自でしている技能講習を受けないと運転出来ないのである。まあ流石に運ぶ事は滅多にないのだが……怜の場合は゛フォークリフト運転特別技能講習”まで受けており、コンテナ用フォークリフトまで操作出来るが最も本人としては興味があって取得しただけであるが……。




翌朝、仁は仕事の為にスカニアに乗り込み出発……社と怜は見送った後に神田川の方へ……社も何度か来ているので
「社従兄さん」
「大体の事は聞いたが玲も出歩かない方がな、正弘は?」
「それが酔い潰れていてな、この程度で潰れるとはなぁ」
玲にとっては父よりも沸点が低いのであの晩居合わせたらあの暴走族の面々が死屍累々になっていただろう……。
「龍堂が勤めている会社に行くのか?」
「まあ、今後も絡んでくるじゃないのかって、親父が一応顔を出しておけってさ……」
社も最初聞いた時には血の海を覚悟はしていたが何事もなく朝を迎えられて安堵はしている。極楽蝶の先々代総長は正弘にも因縁がありよく知っている、酔い潰した神田川の大将にはお礼が言いたい位だ。


将から手土産の缶ビール6本パックを渡された社と怜は龍堂が勤める運送会社を訪れる。受付近くに居た女性従業員に尋ねようとすると背後から声がした。
「よぉ!ずいぶんひさしぶりじゃねぇかぁ!ついに黒馬放り出されたか?」
「有給の消化ですよ、版胴社長……叔父さんが色々とやってしまったようで」
「あ~昨夜の事か……玲が女の子になったからこんな事はおこるっておもっていたさ……で隣に居る子は」
「会社の同僚です、ちょっと訳有であずかっていて……」
「もしかして黒馬ロット便での煽り運転を伴う荷崩れ事故一件か?ならウチの龍堂も同じ加害者から喰らっていてな……一般道だったら血祭にするって怒っていたよ。まああの時は我慢していたけどな……立ち話しちゃあお嬢さんに悪い、どうぞ」
事務所奥にある応接間に案内される。座る前に手土産を渡すと版胴はニコッとする。
「悪いな、現役の連中がバカをやって……まあ本当に家庭が荒んでいる奴らが多いからなぁ」
「先々代総長の様に?」
「本当に後で知って愕然としたよ、親類に変性症が出ただけでこんな差別をするって言うのは……議員の先生に少しばかり陳情したよ、こうでもしないとやっていけないさ……」
そのかいもあってか改善はしているが国民に浸透しているかは微妙な所だ、実際に当事者になってみないと理解できないかもしれない。とは言えウィルスの解析も当然しており将来的にはワクチンによる対処するだろう、男性に戻す研究もあるが過去に国家レベルでの治験をやって大量の“無生殖者”を出す事になった某国もあるので日本を初めとする先進国では研究面が進んでない。これは版胴が陳情にした議員支持者の多くが医療従事者であって幾分医療側の事情も知る事が出来た。
「この先玲に言い寄って来る輩が出てくるか」
「玲ちゃんに片思いの方が居るんですか?」
「ああ、空手の道場に通う三沢自動車の社員さん……ありゃあ強いぜ、東京でも指折りの実力者揃いの道場から来た奴だ……」
版胴社長も苦笑する、日比谷道場は警察や軍を職にしている門下生も多くいるので一般社員でも少なからず猛者……自身ならその怖さを知っている。実際版胴も暴走族時代にあの師範代に一撃KOされた事もある。本当にあの時目が覚めたので刑務所に行かずに済み、やッと高校卒した自分を拾ってくれたのがこの会社の起業者でもある先代社長とその婦人であり、数年前に夫に先立たれた社長夫人から会社を託された時には身震いがした。
「将さん大変、いや正弘が気が気でないがここは篝に早く尻に敷かれるようにしないとな」
版胴は細目になりため息を付くと机に冷えた麦茶を出した女性が言う。
「で、将さんの娘ってどんな感じ」
社が自身のスマホを操作して画像を出すと彼女は納得した、そりゃあナンパされる体だ。この身長で胸のサイズは……。
「……あ~うちのバカ息子には言っておくわ」
「……はい、玲にも今度からは抓ってからに……」
怜は大して変わらないのではと思うが社の学生時代を少し知っているので納得した。
「あれ、社……もしや」
龍堂が姿を見せた、多分本日は愛車の整備もしているのか作業服姿だ。



「……丁度トレーラーが追突されて全焼扱いにされたのがきっかけでね、チューニングカーって言う奴か……渋滞の最後尾でハザート点灯させていたけど気が付かずにドカン。エンジンルームから出火し俺が必死になってシートベルトを外し終えた途端に爆発さ」
龍堂もよもや備えていた消火器を全部使ったのだが周囲にいた同業者らも消火器を持ち出して加害車両のエンジンルームを消火をしつつも加害者を救助……その後、龍堂は分離作業をしてトラクターの退避を成功した時には火がトレーラー全体に回り漸く消防車が来た。幸い積荷はなかったが……後日、事故を起こした加害者側の弁護士からの紹介で今のカーテンサイダーのトレーラーを扱い始めた会社を紹介され、龍堂自身も担当する運送依頼が埋まっていたのもあり、リース契約に……その後加害者が全面過失が確定し龍堂は買い取りを決意し今に至る。そんな事故に遭遇した経験上、手元の道具箱にはセーフティーハンマーにシートベルトカッタ―が付いたツールを置き消火器も揃えている。
「……空荷だったんですね?」
「それが救いだったかな……後加害者の怪我も大した事は無かったけど愛車が全焼になった事にショックを受けてね……俺もバイクを全焼させた事もあったから分かるんだよ」
それは単独転倒事故でありバイクが路面を滑った先の崖にぶつかり運が悪く燃料が漏れて炎上したのだ。暴走族の時から使っていただけにショックであったが……ただこれには事故現場になった路面にオイルが撒かれておりこれを知った族の後輩らが動いたが……それだけ龍堂に恨みを持つ者が多い、結局は故意か本当にオイル漏れに気が付かなかったのかは不明だ。
「あれだけ手を入れていたからなぁ……」
龍堂の周囲には自動車かバイクの弄りを趣味にしている人間が多く、兄も実家のバイク屋を継いだ。その顧客の人脈で改造車の世界も知っており追突したチューニングカーの仕様を聞いて同情した程だ。
「これが縁になって今でも年賀状のやり取りは続いていてね……一度は自動車の趣味を辞めかけたが今は……軽トラのドレスアップをしているそうだよ」
写真を見せると笑顔である。
「……」
「おっと、失礼……黒馬も使っているんだろ?」
「試験運用さ、通常業務には使ってはないけどロット運送には使っている……トラブルは起こしてない」
「幌に関しては本場の欧州のノウハウがあるから余程でない限りは破れないって言っていたな……開閉システムもな」
龍堂と社はアレやらこれやら話を咲かせ怜は撮影をしている。
「他社で使っているのは中々ないので……撮影ありがとうございます」
「うちも黒馬からチャーターされる事もあるし、いいっていう事よ……」
「消火にバースト感知システムも完備しているんですね」
トレーラー下部にある装置を見た怜はそれも写真に撮る。黒馬運輸が使っているトレーラーにもある。消火装置は大袈裟に聞こえるが車両火災程気が付くと手遅れになる事も多くバーストによる摩擦熱が元で発火したり、車体が壊れたりもある。ドライバーによる点検もするが最終的には機械による監視である。これを装着して被害が最小限度になれば御の字だ……。



「総長から未明に知らせれて後輩らに色々と聞いたがやっぱあ、玲ちゃんの写真やら画像が回っていたな……」
極楽蝶の特攻隊長であった男はため息交じりで社に告げる。実家が塗装工をしており仕事が一段落したので龍堂の務め先に顔を出した……。
「確か将さんの嫁さんの実家ってこの辺りだったけ?」
「そうだけど」
彼はスマホを操作して画像を出す。スク水姿の玲である。
「この辺りの小学校ではプール開放の対象が卒業生の身内にもなるから……」
「これって望遠ですか?」
「カメラを趣味にしている息子が言うのは間違いないってさ、小学校周辺の建造物から見るとプロ御用達サイズを使っている」
怜はやはりと言う表情になり、社は言う。
「特定難しいですか?」
「ああ、カメラ屋はこの辺りは無いし現像なら暗室が出来る部屋があれば出来る……最も今はデジタルだからな」
絞り込みは難しい訳だ……だが男には心当たりがあるらしく、夏休みでだらけていた愚息を叩き起こし確認に向かさせていると告げた。
「とりあえずは愚息も面倒な事は避けるから渋々動いている」
怜がキョトンとしていると彼は言う。
「今で言うマイルドヤンキーって奴ですかね、髪形が尖がってますけど……暴走族には見向きもしない堅物さだ」
ここら辺は今時の子供ぽく、バイクも運転マナーは心得ている……まあ革ジャンを好む辺りは父親の影響だろうか……。





「ぉ~これはあいつらもナンパするなぁ」
「ったく、噂の美少女が楠瀬さんの娘かぁ……はぁ」
親父から惰眠を貪っていた所に叩き起こされた少年は遠目で街中を歩く玲を見ていた、そばに居る祖父は神田川の板長も務める地元の名士であり幾度か挨拶した事がある……舎弟の一人も親父の頼みである、極楽蝶全盛期に特攻隊長を務めその筋では伝説とも言われているのだが息子である自分から見れば実感は沸かない。何処にでもいる塗装屋を営みバイクを乗りまわすちょい悪親父だ……。
「司さんも興味あるとか?」
司は舎弟でもある阿武山 丈の両肩を掴む、彼は家庭の事情で各地を転々としている。
「こっちの族や不良だった大人らから見ればバケモノだぞ……幾ら極楽蝶特攻隊長獅子原 勝也の息子でも遠慮はする」
「でも喧嘩は敵が居ませんよね?」
「楠瀬家の隣は日比谷空手道場……その筋の者には知られている」
「……それほど強いって」
「親父らの世代辺りじゃ、常識さ。何人かは殴り込みしてKOされたからな……極楽蝶のOBも経験者多いぞ」
「はい?」
「なんせ警察も軍を職業にしている門下生もいるからなぁ……昨夜の連中は流れ者だったんだろうなぁ」
「司さんってチームとか立ち上げないんっすか?」
「面倒、俺はただバイクで走りたいだけさ……おっと、あいつらのシマに入るな……」
街中でも少々寂れたエリアであるシャッター商店街、そこには半グレやら不良がいる……。
「あぶないっすよ……」
案の定、玲を見た不良らに囲まれるが神田川の大将の目が鋭くなる……司も丈も駆け寄ろうとした瞬間に不良の一人が倒れ、もう一人は投げ飛ばされた。
「このぉ……ぐぉ!!」
司の飛び蹴りで倒れる不良、丈は直ぐに仁三郎の前に立つ。直ぐに起き上がり襲い掛かろうとしたが動かなかった、三人の不良の背後に居る老人にまるで刃物を突き付けられた感覚なのだ。
「神さんのお孫さんかい……日比谷の言っていた通りかぁ」
藍染の甚平を着飾り下駄を履き、白髪の老人だが玲は直ぐに武道を嗜んでいる猛者と分かる、三人の不良は振り向かないまま逃げ出した。
「ちびらなかっただけでもましか」
「それだけ丸くなったっていう事だよ……阿蔵」
「合気道をされている阿蔵さん……」
「そうじゃ……ほっほっ、司も丈もご苦労だったのぉ」


阿蔵 新之助は合気道の師範代であり日比谷師範代とは旧知の仲でもある。
「昨晩は親父の後輩らが失礼をした」
「……寧ろあのまま龍堂さんが来なかったら死屍累々になっていたから……それに兄が居たら」
「まさか将さん以上に」
玲の遠い目になる、これまで幾度もプッツンした姿を見て来たので分かる。恋人である篝が静止させた事すらある。正弘は大人しいがキレると手が付けられない事もあり地元の不良連中で恐れられた。
「あれ?保は?」
「うむ、柔道部に入ってな……筋が良いから顧問の先生も教えがいがあるとな……」
玲らが居る場所は確かに合気道の道場だ……掃除こそされているが静かだ。
「今時武術をやりたがる子はいないからのぉ」
「寂しくないんですか?」
「まっ時折ここで警察官ら相手に投げておるわ」
……玲は苦笑していると音がした。
「ただいま~~~あっ、司にぃと丈にぃ……それに神田川の板長さん」
中学生に成り立て感の少年が会釈するとスッと奥へと消える。
「あいつ、女に免疫が無いから逃げたな」
司は苦笑すると玲にアイコンタクトをすると玲も分かったように立つ。どの道接する事もあるので紹介はしておこうと言うのが司の判断だ。



「保~入る……あっ」
司が固まったのも無理はない、思春期男子の欲情抜きのシーンを見たからだ。少年は慌てたのか椅子から転がり落ちた。
「……あ~大丈夫、私もした事あるし」
「?」
「女の子になったばかりだからね、生物学的にね」
玲の言い回しに漸く彼もハッとした。そして漸く下半身を慌てズボンを穿いた。
「……保、彼女な楠瀬 玲さん。神田川の板長さんの孫娘だ」
「楠瀬って……えっ!」
保の驚いた表情に玲の事は知っている感じに司は言う。
「変性症、多分ここら辺では発症者が出たのは初めてだから」
「そおっすね……本当にあるんだって感じで」
「昨晩の騒動って」
保は恐る恐る聞いたのは中学校で噂になっていたからだ。
「ごめん、私の父も絡んでます……日比谷師範代に揉まれたから」
なお、将が殴り倒した面々は高校生で喧嘩馴れしていたが筋骨隆々に近い肉体を持つ将の突きは一撃KO、保は納得した……この辺りで武術を嗜むものなら知っている猛者の一人。
「柔道部なんだ……私も発症前は授業でしていた」
「今って」
「創作ダンス、レオタードまで用意する本格派。もう大変っ……」
保も分かる、この胸のサイズなら男の視線が集まる……。背丈は低くカワイイとも美人とも言える顔立ち……。
「この分なら暫くは騒がしくなりそう」
「盗撮魔の事ですよね……その私の所は本当に言葉よりも拳が出る子が多いから……」
「そうだったな、ヤン.リーナと同じ学校か」
「うん、最近は家族揃って住み始めたから……因みに彼の兄さんも門下生だからね」
「「「……」」」
三人とも呆れてモノが言えない。
「保はこの春からここに住んでいるから知らないか」
「?」
司は少し困った表情で保を見てから言う。
「保から見て従兄が変性症になってね……それを何処から聞いたのか彼が通学する筈であった中学校のPTAが拒否してな、それでここの中学校が受け入れている」
玲の表情が変わりスマホを操作しつついう。
「完全に文部科学省と厚生労働省の担当者がアポ無しで怒鳴り込む事案よ……どうなっている?」
「弁護士に相談しているけど……相手が中々」
「日比谷先生に相談して見たら?東京の大手司法事務所に居たから……」
Lトークでメッセージを送りと偶然にも司法手続きを要する事案関係で来ていたので来ると言う。



「あの一件かぁ、古巣の連中もキレてな……PTAの連中にいたからねぇ」
日比谷先生はその時の古巣の様子が想像が出来たらしく遠い目になる。全く国からの情報がそこまで信頼できないとは……。
「まあ、穏便に話し合いで済むようにしている感じだが……大先生がキレたらもう裁判所の法廷まで意地でも引き摺り出すからなぁ……相手が素人でもな」
保でさえも分かる事の重大さ、玲はその大先生が日比谷先生が世話になっていた弁護士と知っている。
「玲が言った通りにGW過ぎに管轄する省庁の担当者が保君が通う筈だった中学校と教育委員会に怒鳴り込んできてな、修羅場状態になってな……教育委員会の方は知り合いの弁護士が居合わせ、市長が出てくる羽目になった」
「それって」
「市長はこの時に初めて知って真っ青、収まり切れずに任期途中の退任したって言う事例もあるからな。直ぐに事実確認をして第三者による検証が終えた所さ」
四人とも笑うしかない。
「保君を初めとして不利益を生じている事を確認したので、三年間の学費で手打ちすれば円満解決と……」
「解決ですか?」
「無論、そのような事を二度と起こさない処置も外部からのアドバイスを受ける必要もある……」
再発防止は重要だ、再発でもすれば致命的にもなりかねない……。
「それに保君が高校が自宅がある自治体の高校に通うをのを不安を感じるのなら三沢市郊外の高校を選んでも問題はない」
その様な事を防ぐ為にも検証結果を良くするために各被害者に通知出来るようにしなければならない訳だ。
「それにしても昨夜は災難だったな……俺も一報聞いた時には覚悟はしたが警察沙汰にはしてないんだな」
「完全にあいつらが悪いし、将さんも警察の使い方をよく知っているからね……」
確かに父は各種建築現場に出入りする関係上、職人同士のいざこざを調停するにも双方折れずヒートアップ状態、止むを得ず警察への通報に踏み切った事もあるそうだ。無論現場に居る関係者に承諾を得て、それだけ警察と接しているのだ。
「さて、保君どうだった?息子の腕前……」
「息子って」
「高士、柔道の方もスジが良いから助っ人になっているから……私もスジが良いって言われたけどよく襟掴む際に突きになっちゃって……」
保は思い出した、確かに鋭く柔道経験豊富な先輩も乱取り後に一目置いていた。
「日比谷師範代柔道も出来るけど人に教えられない程荒っぽいから……保君、覚悟はしておいて、高士もそうなる可能性あるから」
玲は遠い目になる、高士も素人にしては柔道のセンスは良いほうだ……柔道部には入ってないが顧問が師範代や父親の隆とは知人なので助っ人して参加している。
「一度、ウチに遊びに来るか?今度面白いモノがみられるぞ」
「?」
「時折師範代って現職警察官相手に柔道の乱取りするんです……まあ柔道歴が浅い方は控えた方が良いって言う位の」
「止める位な……参考になるか分からないが」
実の息子である隆でも呆れる程に荒っぽいのだ。



その後は母親の実家にもう一泊した。



数日後、保が玲の自宅を訪ねて来た。やはり柔道着を持って来ている。
「日比谷先生から頼まれたからね……あがって」
「おじゃまします、って凄い家の外観」
「うん……お父さんの勤め先の商品の試作型、土地は元々あったからね。後は家をどうするかって悩んでいたら先に実家の運送会社の社屋建て替えでコンテナハウス方式にしたら……」
保の両親が建築関係の仕事をしているがコンテナハウスは初めてという。胴着に着替えた玲を見た保は思う……確かに噂になる程の美少女、だが空手の帯を見ると可也の猛者だ。
「あがって……部屋案内するから」
「隣が道場なんだ」
「うん、昔は泥棒がうっかり侵入して鉢合わせになった師範代が瞬殺した事もあるよ……」
駆けつけた警察官でさえもまずは救急車を要請する事もあったらしい……骨が折れてないのならマシと言う事だ。


柔道着に着替え終えた保と共に日比谷道場に行くと既に日比谷師範代と参加する警察官らが準備運動を終えていた。帯は何れも段が高い……保はつばを飲み込む。
「おっ、来たか……親父も久しぶりぶりにするからなぁ」
日比谷先生も空手の胴着に着替えているが周りに居る門下生もスタンバイしている。片隅にはファーストエイトと呼ばれる応急処置用の医療器具に医療従事者数人が待機。
「挨拶は後でいいかな?」
「ああ、玲も見ておけよ」
畳が敷かれており保は唾を飲み込む、中学生や高校生とは違う気迫に溢れ出ているのだ。



数分後、乱取りと言うには少々荒っぽい光景を目にする保は口を開ける。
「爺さんを見ている感じ」
「うん、あれでも全力じゃないから……」
玲も久しぶりに見たが本当に現職警察官を投げ飛ばすか叩きつける様は凄い。既に何人かは応急処置を受けているが大事には至ってない。
「ワァオ、スゴい」
「親父から聞いてはいたが……看板取る前に俺が入院するな」
総一郎とローランドも見学のつもりであったが胴着に着替えた。ローランドは祖国にて軍役も経験があるがここまで激しい徒手格闘は見た事は無い、日比谷師範代の年齢を考えれば脅威だ。
「Mr.ローランド、親父は本当に強いので……骨折させてもかまいません」
「OK……これはガクセイグミは止めに入らない方がセーフティね」
玲も保も頷く……その間にも乱取りは続く。



そして三十分後に警察官らがスタミナが切れて終了……直ぐにスポーツドリンクや蜂蜜レモン水が空になる。
「おおっ、保か……柔道をしているか?」
「はい……日比谷師範代、お久しぶりです」
日比谷師範代は汗を全身に出し熱気を放出しているので保は少しあとずさりするが乱取りを終えた老格闘家はニッとする
「阿蔵の孫じゃのぉ……参考になったか?」
「とても真似できません」
「そうじゃな、今は基礎を叩き込むのが先じゃな……女学生なら居るが気が引けるか?」
保も頷く、やはり年頃だから赤の他人で異性になると身構える訳だ。稽古に参加した男性陣は何れも成人でしかも柔道歴が小学生時代からと言う猛者揃いである。それを乱取りで相手にする師範代の凄さ、玲は苦笑していると声を掛けられる。女性警官で夜須さんのペアを組んでおり何度かここに出稽古に来たこともある。
「夜須さんから聞いていたけど、すごい」
「……早苗さん。もう、ここまでなると本当に巨乳って大変ってわかります」
津 早苗(みなと さなえ)も胸がある方だが玲の方がスゴい……婦警の眼になるが確実に痴漢に遭遇する。
「ちゃんと喋れる程度に応戦してね」
「努力はします」
「まあ、数日前の一件は警察沙汰になってないけど……事情を知らない半グレや暴走族の面々が狙っているって言う噂も聞いたから」
その瞬間に眼が光る面々、何れも警察官である。
「あ~心配はないよ……仁の部下達が動いているよ、通達が行き届いてないだけでね……」
隆としては仕事上子供関係のトラブルを幾多も見て来ただけに気が気でない。今時の不良にも言えるが事の重大さを認識できない奴らも多いのだ。
「あれ、社さんも来ていたんだ」
「?」
「従兄、今は東京の方で働いているけど強制休暇。運送会社に勤めているからね」
「よっ、久しぶりに来たら師範代と警察官らの乱取り見られたからなぁ……そっちは?」
「阿蔵 保です」
「隣町の阿蔵爺さんの……あっ~」
「はい」
社も知っているのは昔投げ飛ばされた事がある。
「柔道しているんだ」
「合気道は昔からしていたから、柔道の授業を見た先生が熱心に誘ってきて……」
その先生も来ており苦笑するしかなかった、日比谷師範代の腕前を初めて見たが……中学生相手に指導には無理だろう。
「久しぶりに組手でもするか?」
「うん」
社も胴着に着替えていた。



「……」
保は玲と社の組手を見て言葉を失う、日比谷師範代の流派は頭部に防具は装着してないのは常に実戦を想定しているからだ。それ故に警察や軍を職にする門下生も多い。以前頭部防具を装着を求められた際に日比谷師範は"では柔道にも装着しないといけないだろう……”とニラんだと祖父から聞いた、もうチョイ機嫌が悪ければ拳が来る所だ。
「あの社さんって腕前は」
「あいつなら師範の資格は持っているからそれなりに強いぞ……玲が少年のままだったら有効打はもう出ている、軽く流しているからな」
同行者の女性は薄ら笑いをしていた。
「……確かあの一件の」
「ええ、先生の古巣にお世話になりました」
「加害者ででは立ち直って欲しかったが……残念だ」
怜は首を横に振る、彼の悪評は小学校時代の同級生らから伝え聞いた程度だがそれでも分かる。だからあの事件が起き加害者の名前を知った時には厄介な事になると覚悟した。しかし怜が運転していた大型トレーラートラックの車載カメラにより録画された映像や当日や以前に同様の被害を受けた同業他社に所属するドライバーらが次々とドラレコ映像を提出……こうなると相手側弁護士も補償金の減額が精一杯になる。黒馬運輸のケースは荷物発送者側が知識も無いのに積荷の固定に口を出した事も荷崩れを起こしたので減額に応じた、その他の同業他社は積荷固定も運転手や専門知識を持った方がしていたが煽り運転が要因で追突事故で一歩間違えば死亡や車両火災になりえたそうだ。
「確か小学校が同じだったな」
「はい、とは言え彼はその頃から問題児童ですからね。母親も……」
怜も小学校時代の友人から時折聞いた悪評は本当に呆れる程だ、だが息子が起こしたあの事件で全てを失ったのだ。
「彼女、療養するそうだよ。認知症が酷くなった様でね」
「……軟禁の間違いでは?」
隆も苦笑する、だがそうして貰った方が良い事もある。



社と玲の組手が終わったのが数分後、怜も社が空手を嗜んでいる事は知っている。勤め先の近所に別流派であるが道場があり時折そこで汗を流している……当然未成年の門下生と組手はするが遊んでいる感もある。だが玲としている時は可也の動きである事は空手の事は知らない怜も分かる。
「キレが良いな」
「これが無ければもう少しうごけたのに」
玲は視線を胸元に向けてため息を付く、確かに男性なら胸は無いに等しいが女性は個人差があるとは言え男性よりも多い、玲も小声で言うにも分かる。
「社、どうだ?」
「やっぱあここが一番全力出せる、勤め先にある近所は少々気を使うからな」
その道場の主も黒馬運輸研究班の初代メンバーで色々と伝説を遺し定年退職後は細々と道場を続けており侵入社員向けに護身術やら教えていた。社の経歴は履歴書を見なくても分かったらしい、暫くして休みの日には子供らの指導役もする事になる。ボランティアになるが会社側も理解しておりボーナスの査定にも影響があるので社としては悪い事ばかりではない。
「流石にあの伊藤 瑠奈とフルコン出来る事はあるわね」
婦警の一人がポツリと言う。
「?」
玲はキョトンとする。社はあの模擬試合の事は放送を見ていたから分かってはいた。直ぐに伊藤 瑠奈がリーナや高士と同じぐらいの腕前と競技歴と理解した。
「社さん!次いいっすか!!!」
高校に通う門下生である少年が声をかけると社は微笑む。それを見た周囲の大人らも……。
「全力で行くぞ」
「お願いします!」


数分後、最早寸止め無しのフルコン状態の組手する二人に玲も苦笑していたが周囲の大人らも見入っていた、警察は柔道は元より空手の有段者ならウェルカムだ。
「ここに居る大人って好きなんですね、格闘技」
「それもあるけど自己鍛錬かな……師範代も県警本部に赴いて容疑者役をした事があってね……酔っぱらいの確保訓練の為に態々呑んだ状態になった事もあったし」
保はその時の訓練模様が恐ろしい状態であった事は想像が出来たのでワラウシカナイ。





陣はその頃、何時もの様に建機の回送作業をしていた。楠瀬本家とお隣さんのボート倉庫工事も一段落、内装はセルフビルトプラン……流石に水道や電気関連は本職に任せるがその他は素人でも出来るし日曜大工を嗜んでいる方もご満足するセット内容だ。玲の事は知れたので本家の交友関係者がどう出るか……本当に大変になりそうだ。長女の時も少し動きがあったのだがやはり育ちと学歴で外れた様だ、まっ柄でもないからな。本人も少々嫌がっていたし……。
「それにしても段取り悪いなぁ」
重機や建機回送に置いては搬入する際には現場からの指示を待つ、余裕をもって搬入先に到着する事が望ましい。とは言え重機/建機運搬車が待機出来る駐車場はほぼ無いのが現状である。今回は全く知らない地域であり下見が出来なかったが建機の届け先の工事現場が三車線国道沿いにあるのである程度は察しが付いたし依頼主もご丁寧に待機場所を示した地図を添付してくれた。仁は今その場所にて現場責任者からの報せを待っている。今回の積荷はラフテレーンクレーン……変速機に負担がかかるので長距離移動は避けたいので陸送する事になったのだが配達先でダブルブッキングが発覚し搬入を見送っている。つまり……搬入先に別の会社からリースしたラフテレーンクレーンが既に届いており現場では関係者らが協議中である。陣も長い間この仕事をしているがこの様なケースは聞いた事も無い、原因としては建機リース/レンタル受け付け用アプリが不具合が発生したと言うのは会話の流れで陣も把握しておりリース/レンタル会社の営業担当社員も交えての話し合いだ。
「陣、本当に申し訳が無いな」
「変に合理化進めたらこうなるかぁ……で、これどうする?」
荷台に積まれたラフテレーンクレーンを見た元受けの建設会社社員も頭を抱え、他所の現場でも陣と同じ状況に陥ったドライバーが数人おり、次の仕事にも差支えが生じている。陣の隣に居るのは建機をリース/レンタルする会社から来た社員であり父親の代からの付き合いだ。
「ああ、ここから一時間かかる現場で使う……予約したのに届いてない、工期がパツパツになっているからな」
「じゃあ、発進するか?」
「問題は普通のルートは遠回りになる……近道はあるが」
定年退職後も嘱託として活動している老社員は端末を操作すると近道が表示される……だが陣が乗るスカニアでは走行不可の表示が出た。これは車両のサイズや積荷を含む車重を入力すると道路状況から通行の有無を確認できるナビシステムもある建築現場専用端末だ。
「クローラーだったら詰みだが……ホイールなら」
道路状況は“通行は出来るが慎重な運転を要する”と表示される。
「走行は出来る」
陣の言葉に老社員もニッとする。
「最寄りの場所で引き渡しか……」
「ああ、この場所なら日中でも交通量が少ないから下せる」
彼はこの辺りの事なら熟知しているのでそのまま出発する事にした。




一時間後……受け渡し場所に到着すると届ける筈の現場から来た小型トラックが待っていた。背後には山が見えておりステアリング機能付トレーラーでも何度も切り返しが必要になる幅とカーブのキツさが連続する箇所もあるが今回の積荷であるラフテレーンクレーンなら問題はない。高速走行はエンジンスペックなら可能であるが急制動すると前に突き出たブームにより前のめりになる恐れもあるので最高速度は50キロでありブームにより直視視界が限られる事も長距離移動を難しくしている。
「申し訳ない」
「まあ仕方ないさ……うちもIT化進めているけどトラブル続出、現場の建機まで動かなくなって後付け機械を外してオペレーターがやってね……上の方じゃ会議室で殴り合いになったらしいわ」
元受けの建設会社のベテラン社員も人付けに聞いた程度であるので不明だが会社内でも緘口令が出ているのは確かである。
「ここから現場までは自走か……」
ラフテレーンクレーンは現場側が用意した女性オペレーターが運転してトレーラーから降ろした。陣は固定されていた機材を片付けるが……ここも女性だ、聞けば彼女も変性症による女性の不遇世代の一人で高校も通信制しか選べず大学に進学する事も無かった……十分過ぎる学力と経済力もあるのが、彼女は就職を選んだ理由はただ一つ大卒でも就職が決まらない事例が山ほど出ており人材難で喘ぐ今の会社に入社、今やスゴ腕オペレーターの一人だ。
「イケるか?」
「坂道の傾斜は然程無いし……行くよ、誘導お願いね」
彼女は下ろされたラフテレーンクレーンを見てヘルメットを被り目付きが変わるが積荷の固定器具を片付けている陣を見ると会釈した。そして運転席に乗り込む。
「ほぉ……」
「主要建機作業はほぼできるからな……家庭持ちで子供もいるが嫁入り先が理解しれくれたおかげで今も活躍している」
「それはまた……理解がある姑さんが居たもんだな」
「一度別の方と婚約寸前になって自身の行いでご破算になった事があってな……息子も生まれながらの女性よりは男性の心情を分かってもらえる、そう思ってアタックしたのさ」
その結果は成功、彼女は最初は後ろめたさだったが徐々に打ち解けて結婚する事になる。
「玲も何れはなぁ」
「おっ、もう相手が居るのか……」
「まあな……社も覚悟決めたようだし」
ベテラン社員は陣の表情と言葉を察した、さて礼服はサイズ的に大丈夫だろうか?スカニアの助手席に座り考え始めた。




kyouske
2021年12月10日(金) 01時58分19秒 公開
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