第二次性徴変性症10
・示された未来


 菜緒は個室でそれを見ていた。女学生用の水着に体育用ポロシャツとスパッツに短パン……ついこの間までは触れるだけでも罪悪感を感じたが……今は着用する必要性があった。
「着ないとダメ?」
下着のみの菜緒に笑顔で言うが背景には炎、否蜃気楼に景色が歪んでいるにも見えた。
「……そのままの格好でする気」
紗里奈の言葉に菜緒は首を横に振り、ポロシャツを着る。生理も終わり運動や体力面を見る為に大学病院内にあるプールや競技用トラックでのテストする事になる。この様な施設があるのは学生向けもあるがリハビリにも活用されるからだ。
「なんともないのに」
「今の菜緒は医者だけではなく生物学全般でもあり得ない状態だからね……外を見て」
紗里奈の視線に菜緒は窓の外を見る、大学病院内の敷地内は大部分が解放されているが変性症専用病棟は厳重なセキュリティ……その周辺に人がおり、立地条件や時間帯からみてサラリーマンや学生らしい人がバイオリンかギターケースを持って敷地内にあるベンチに座っていた。
「何人かは私服の陸軍兵士よ、アタッシュケース内はSMG(サブマシンガン)、楽器ケースはアサルトライフル……」
「はい?」
「つまり今の菜緒はサンプルデータだけじゃ納得できない国家やら組織に狙われている訳、自宅にも警備されている」
「……何処のラノベや映画の世界だよ」
そう言えば紗里奈の実家って軍や警察を職業にしている人が多いって言っていたなぁ。
「ふふっ、これでも事前に可也潰したからねぇ……陸幕二部は大忙しで現場まで出る始末でこっちも大変♪」
ドアをノックして入室した女性が言うなり敬礼する。
「警備を担当する新藤 七海陸軍准尉です……」
「どうも……って潰したって、まさか!」
「ええ、貴方を浚おうとして監視されていたスパイ組織が動いたので色んな手でね、警視庁も張り切って特機を出すわ……」
因みに特機とは“警視庁特別捜査広域機動隊”の事で日本全国を管轄する捜査課であるが実際は対テロ若しくは対スパイ組織向けの戦闘集団であるらしく、彼らの本性に遭遇し生きてシャバに戻れた悪人は居ないと言う噂すらある。
「最もデキる所はあからさまに動いたりはしないわ、動いたのはまっ……隣国の半島国家やら共産党支配の大国からの使い捨ての所だしね……」
七海も呆れる程で今頃どうやって彼らの祖国に引き渡すかで悩んでいるだろう、市ヶ谷や六本木の主達は……キャリア士官も大変である。
「それに、ラングレーが動かないと言う事は既に米国で似たような事例が起きているのよ……」
「菜緒と同じように変性症になった人が……居ると言う事ですか?」
「その様ね……あちらも中々情報提供しないけど、数年前にある州にて遺伝子組み換え作物を栽培する農園内で粉塵爆発があったのよ……」
「「あっ!」」
菜緒も紗里奈も気がついた、もし穀物を粉末状にする施設でもあれば残存マイクロマシンが体内に侵入する……しかもそのような場所は対策をしておかないと粉塵爆発が起こる、その威力はガス爆発並とも言える。
「残存マイクロマシンやら遺伝子組み換え作物が起因する変性症……そんな事が人為的に出来れば……」
「そう、だからこそ君のデータは国連の研究機関が一括管理。それを狙う奴はどんな事になるか、昨夜決まったからね、スパイもそう簡単に動けないが、何事も大局を見れない奴は何処にでもいる」
「お手数掛けます」
「軍もここまでするとはなぁ」
教授も呆れるが事の重大さは分かっている。
「数日中には落ち着くと思いますよ、何よりも潜伏させるのは骨ですからねぇ」
七海はケラケラと笑う。
「さてと、私は退室するよ」
菜緒は悩んだ末に短パンを選んだ……スパッツだとどうも落ち着かない。
「で、水着が競泳用」
「そっちの方がいいでしょ?」
用意した紗里奈はそっけなく言う。



数時間後、体力テストが終わった菜緒は息を切らす。何しろ中学高校でやる種目をしたのである……彼女も中学高校は陸上部であるが、ここまで体力が落ちているとは思いもしなかった。測定結果は何れも平均的な女子中学生……これは初潮を終えた直後もあるかもしれないが、菜緒は今の自分を理解した。
「……」
「浮かない顔ね」
七海は菜緒の表情を見て紗里奈に尋ねる。
「彼、小学生の時はリトルリーグで猛者だったんですよ……」
「野球の?」
「ええ……でもあんな事件が起きたから中学校からは陸上に」
七海はそれがチームメイトとのトラブルと察しがついた。よくある話だ……七海はこれ以上は聞かないようにする。
「大学でも陸上部?」
「いえ、彼はほどほどで部活も受験の為だって割り切ってましたから」
紗里奈は申し訳ない表情になる。彼女がイベントサークルに参加しなかったら菜緒になる事は無かったかもしれないのだ。
「おなかすいた~~」
「お昼じゃの……」
教授はボソっと呟いた。



医大キャンパスと大学病院の間にある食堂にてお昼を済ませる。Lトークを見ると元イベントサークル仲間やイベントに参加した他大学の学生からもメッセージが表示されていた。
「ははっ、どうしよう」
更衣室にて菜緒は乾いた笑いをする。直哉の時に使っていたスマホを見る。
「顔文字でいいから……これまでの様に」
そう高城 直哉は世間一般では全員大火傷の絶対安静面会制限で特殊な通信ディバイスによるLトークによる簡単な会話しかできないとなっている。菜緒の事を知っているのは紗里奈を初めとする元イベントサークルメンバーや大学教授達……菜緒の変性症事例はタイミングを見て氏名を伏せた上で公表する手筈だ……が、通産省や消費者庁からお達しで今頃カラーパウダーを扱う業者は大騒ぎになっているだろう、遺伝子組み換えトウモロコシが使われている恐れあるとと噴射する事も出来ない。最もあの粉塵爆発事故以降、大量噴射するイベントは控えるようになり何処かの芸人が動画撮影でやって大炎上を起こし業界から去った位だ。これで変性症も起こりえる事例が公表されるとより一層の扱いを要するだろう。
「症例公表は氏名を伏せるって……まあ分かっちゃうけどね」
七海は苦笑しつつも携帯するハンドガンの動作を確認する。日本共和国軍共通個人装備の一つであり警察が採用しているタイプよりも強力だ。
「あっ……玲ちゃんだ、わぁ、凄い」
玲が自我撮りしたらしく学校指定の競泳水着でも色気が漂う……七海も水着に着替える為に保険の外交員に扮していた衣類を脱いでいたので思わず自分の胸を見てため息をつく、だが彼女の腹はなめらかな丘では無く"畑”……即ち筋肉が隆起しているのだ。二人から見ればこっちの方が凄く言葉を失う。
「あっ、これ……所属している所が陸軍でも結構ハードな部署でね……女子士官でもこれ位の筋肉が無いとね……」
「「……」」
この反応は慣れているらしく七海は私物の水着を着る。



医大とは言え付属設備が充実しているのは福利厚生以外に利用価値があるからだ、競泳大会が開けるサイズのプールを備えているのも救命救急訓練に使う目的もあるが専用の嵩上げ台がプール底に設置されたのはリハビリに使われる事を示している。
「泳げるよね?」
七海は尋ねると紗里奈は言う。
「直哉の時は……大丈夫だったけど」
紗里奈も水着に着替えたのは菜緒の脳が"泳ぐと言う概念を忘れて溺れる可能性”もあるからだ。医学や生物学に頓珍漢な彼女でも脳をPCとして置き換えて思案すれば結論が出た。
「今時のスパッツ型にした訳ね」
「そっちの方が菜緒も安心するから」
菜緒の水着はレオタード型ではなくセパレーツスパッツ型にしている。今時の少女はレオタード型なんてグラビアか売り出し中のアイドルが着るか……意中の異性にアピールする時しか着ないのだ。計測すると言う事で研究者らにも配慮したのだろう。
「準備体操は念入りにね」
頷く菜緒……本当に泳げるのか不安になるのも無理は無い。準備体操を終えてストレッチもしたのも不安の表れだ。プールに入り浮いてみる……直哉の時は小学校に入学する時には出来ていた事は両親や兄に姉から聞いていた。プカリと浮き断熱採光硝子天井窓が見えた……そのまま仰向けになる、紗里奈も七海も何時でも菜緒を水面から出せる様についていく。プールサイドでは研究者らが見守る。
「どう?」
「問題は無いよ」
そしてそのまま泳ぎ始めた、専用の嵩上げ台が無い場所でも恐怖感は無かった。



「やっぱあ落ちているわね、こんな胸だもん」
玲は保健体育の先生が持つストップウォッチを見て項垂れる。スイムキャプをゴーグルごと取っている。
「仮に胸のサイズが中学平均サイズなら水泳部の部長が眼の色変えるわよ」
同級生の呆れる表情も玲は苦笑するしかない。
「まっ、私の時も苦労したからね」
「えっ?」
「このクラスには話して無かったわね、私も変性症で女性になったのよ」
玲も驚く程でその場に居た全員がびっくりする。
「高校生の時だったから身長が縮んだし……胸もそこそこ」
苦笑しているがそれこそ云われもない偏見や差別が多かった事は想像につく。
「学校が運良く対応してくれたから教員もいいかなって……」
学校によっては変性症の誤認から転校を勧めたケースもあり、文部科学省と厚生労働省が怒り狂って担当者が乗り込んできた事もある。そんな時代がつい最近まで存在していたのだ。
kyouske
2018年12月20日(木) 15時47分42秒 公開
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