第二次性徴変性症8
・恋に落ちる時



夜須が去った後、門下生の学生組らが来る。時間的に言えば夕食を済ませたか塾の帰りやら色々であるがLトークで大型商業施設の騒動は知れ渡っていた。
「師範代っ!」
小学生から高校生までと声を揃えるも、グラスに入れた冷酒と日菜子の肴で上機嫌な日比谷師範代は言う。
「玲なら無事……まっ腕に軽傷って言う所じゃな、ホレ」
その視線の先には縁日に座る青年とセーラー服の夏服少女……髪の毛をシンプルにゴム紐でまとめたのみだが絵になっている。声に気が付いたのか少女は振り向く。
「みんな……」
「玲っ!っ……」
やはり中学女子の平均を遥かに超えるサイズの胸に絶句するお年頃の女児や少女達、男児と少年も唾を飲み込む。
「「「凄くカワイイイッ!」」」」
「「「髪弄らせて!!」」」
「男どもは下がれ!!」
余りの勢いに総一郎もたじろぐ……妹で慣れているが、ここまで大勢では……玲も近寄られて戸惑う表情になる。
「所で、隣にいる人は?」
「橘 総一郎です、門下生になります」
「……えっと、ここは、その……結構過激で」
女子高生の一人が言葉を選ぶと将は言う。
「先程師範代と組手していたからな……それにチンピラ一人ケリで沈めた猛者だ、師範代とほぼ同じ実力を祖父から看板取ってこいと言われたからな……」
流石の学生組も驚くが総一郎は構わず言う。
「妹の礼と澪は高校一年だ、市立三原高に編入だったけ?」
「はい、兄様」
「そうだよ……共学でよかったぁ、前の学校、変な言いがかりをつけたさぁ、親父キレたもんねぇ。あの先生……ダメじゃないの?」
澪は背伸びして言う……前の学校はガチガチのお嬢様学園を気取っていたので居心地の悪さ、しかも教員の一人がレーシングライセンスと自動二輪の免許所と同一視していたのだやたら返納を迫ってきた……そして夏休み目前にして姉妹の父親がキレた。校長室で返事するなり鍛え抜かれた肉体から繰り出す拳が教員の顔を歪め、歯を飛ばした。当然気絶し倒れるも父親は唖然とする校長先生に退学届を叩きつけたのである。校長先生は受理し転校に必要な書類は揃えてくれたし、教員が受けた暴力に関しても教育委員会所か警察すら通報しなかった。表沙汰になれば学校の方が分が悪い、父はそれを見越していたのだ。
「でもさぁ、それだったら潰してもよかったんじゃないの、股の間のモノ」
男子学生らはゾッとする、躊躇無く急所を狙うタイプだ。
「礼はおっとりし過ぎなのよ、昔から……女の子になってから凄くなっているけど」
「澪が雑だけです、最も私もあの先生には辟易してましたし……スマートに退職に追い込むネタは見つかったのに惜しいですね、どうも退職されたそうで……」
玲でさえもネタの内容は察しがついた。礼の表情はとてもがないが穏やかでないからだ、確実に聞かない方が賢明な判断とも言える。
「まあ、こんな妹らで迷惑かけると思うが……」
「最高に面白くなります、お兄さんお任せください……」
三原高に通う女子学生数人はニッとして言う、最近調子に乗っている連中が多いので自分達では手が足りない所だ。そこにこんな双子が来れば……総一郎は学校に挨拶した際に前の学校の経緯を打ち明けたが校長が気にしてない表情だった理由を知った。
「橘っ!ほれノメエッ!」
コップに入ったウィスキーロックを飲ませたのがこの近くにある商店街で鮮魚店“魚八”の若旦那の青柳 丈、幼稚園児時代からの門下生であり魚市場への買い付け前に朝稽古する常連である。
「丈さん!自動車で来ているのよ!」
玲が言うと彼の表情はびっくりする
「えっ……あっ!!!」
「三沢自動車って飲酒運転には煩い所だ、本社工場が地元にあるなら知っているだろ」
将が言うには一昔に社員が相次いで飲酒運転で警察にお世話になり、社長が激高……その社員がどうなったのか容易に想像がついた。
「一時期は海外支社社員の自動車に義務付けられている飲酒運転防止装置を導入寸前まで話が進んだ事もあるらしく……まあその時は専務や常務らは宥めて事なきを得たが、系列会社も含む社内規定でアルコール運転は警察に摘発されたら懲戒解雇となったんだよ、黒馬運輸同様にね」
総一郎はそう言いつつもスマホを操作した、Lトークでメッセージを送信したのだ。
「大丈夫です、代わりに運転する社員がこっちに来ますので……それまでなら付き合います」
礼も澪も呆れるが兄の笑顔を見るのは久しぶりだ。


「ワァォ、ソーイチロウ……既に赤ちょうちんね」
スウェーデン出身のローランド.フェーステットは流暢な日本語で驚く。休日を自転車で楽しみ社員寮に戻ろうとしたら総一郎からLトークが来て駆け付けたのだ。
「レイとミオはバイク?OKっ」
あの後、社会人の門下生と色々と盛り上がり総一郎は真っ赤になり、足元もおぼつかない。
「迷惑おかけして申し訳アリマセン」
将は名刺交換したが外国人からは初めてだ。
「いえ、こちらこそ……正弘肩貸してやれ」
「はいよ」
因みに二人とも酒が強いが仕事上セーブをしている。正弘が総一郎の肩を担ぎ、玲は彼の荷物を持つ。
「自転車どうします?」
「自転車と言ってもミサワポータブルネ」
三沢自動車にも自転車を開発と製造/販売する部門があり近年では折りたたみ自転車シリーズが好評だ。特に海外では防犯の都合上手軽に室内や電車内に持ち込める上に頑丈な“ミサワポータブル”シリーズは評価が高く、売り上げも日本国内販売には及ばない……が、国内では災害時の足として活用された事もあって、企業や自治体が導入が進んでいる。
「ありがとうございます」
玲の言葉に助手席に座っている総一郎も頷く。
「後、そちらの方も……一度お手合わせして貰えると、拳を見るとタコが出来ているから空手嗜んでいますよね?」
「ワィオッ!どうしてお分かりに?」
「だって……師範代を見た時に眼が鋭かったから」
ローランドはキョトンしたが総一郎は苦笑する。
「彼は祖父の弟子の一人だよ、玲……君は良い目を持っている」
だが、余りにも危険過ぎる……そう言葉を発しなかったのは総一郎自身の苦い過去もある、玲を見てあの子にそっくり過ぎたので平静を装うだけで大変だ、
「じゃあ……」
ローランドは静かにアクセルを踏み、自動車は進む。




翌朝、玲は自分の部屋にあるベットから起きる……入院前と変わったのは化粧品が収容出来る引き出し付姿見と回転式衣類用ラック、伯母らが言うには“女の子は衣類が増える”と言う事らしい。
「うん、行こう」
胴着に着替え、そのままダイニングへ……トーストと目玉焼きに牛乳を食した後に軽くストレッチをしてランニングに……これが日課だ。それ故に足の速いと言われる事もある。元々は父と兄がしていたのを真似たのが最初、胴着でランニングするのも動作に慣れるようにする為だ。
「玲、気をつけなさいよ……打撲に留めなさいね」
「出来たらね」
玲は性格上喧嘩を売る事は無いのだが、一旦怒れば手がつけられない……売られた喧嘩は全て買う性格は正弘にも将と同じだ。
「運動靴大丈夫ね?」
「大丈夫」
これも先日買ったばかりだ。国内スポーツ用品の専門店でも変性症患者支援をしているので後日何割かキャッシュバックすると言う……。
「(何日か走って無いからなぁ)」
玲は様子を見つつも走り始めた……自宅周辺は田園風景が残るが住宅地化が進む、その中の戸建て住宅でも目立つのが楠瀬家だ。基礎工事を終え、コンテナハウスを販売する会社が持つ作業場で使用できなくなったコンテナを加工、楠瀬運輸の10t大型トラックがピストン輸送してラフテレーンクレーンを使って据え付け工事は一日で完成した。それ故に黒馬運輸や郵便局等の配送業者の間ではランドマークになっていると言う。一昔コンテナハウスは日本では違法建築だったが昨今の経済情勢やら建築技術の発展で業者側もお役所を説得、まあお役所もピンとこなかったが防災面や大規模風水害や地震後の復興政策で色々と利点が生じる事が分かると直ぐに合法化に向けて国会議員の先生らを動かしてしまった。そんな時に建てられたのが楠瀬家であってその後は隣県で起きた大規模風水害被災地の仮設住宅や復興アパートにコンテナハウスシステムは活用された。
「おはようございます!」
「あっ、あ~~玲、ちゃんか!」
馴染みの新聞配達する男性が驚くと玲は頷く。玲が胴着姿でランニングする姿は見慣れているが女性化になってからは初めて会う。変性症になった事は知ってはいたが……。
「気をつけないといけないぞ」
「はい」
足踏みした状態で会話する玲を見て彼は思う、胸が凄い……うん自分は枯れておいてよかったと思う。
「お疲れ様です」
レトロな外見をした新聞配達用自転車をこぎ出す男性を見て玲は挨拶を交わした。里山であった場所も舗装され申し訳ない程度に樹木が残る……反対側から秋田犬を伴って走る女性が見えた。
「御河さん、おはようございます」
「あらっ、もう……退院したんだ。うぁ……日菜子さんから聞いては居たけど凄いわぁ」
胴着の上からでも分かる豊満な胸に御河 沙菜は呆れる、こんな胸で迫られると夫も陥落するだろうなぁと……うん。
「ヴィードっ!」
初めは警戒していたが彼も玲である事は理解したらしくしっぽを振る。何でも夫の実家近所にマタキをしている男性が子犬から預かっていたが猟銃の音にビビり困っていた。そんな時に沙菜が引き取ったのだ。沙菜の両親がペット関連の職に就いていた事もあってか躾けは十分でリード無しでも大丈夫だ。
「えっと近いうちに鹿肉や猪肉とか送ってくるけど大丈夫?」
「神田川の祖父が喜びますから……母親もそうですけど」
「よかったぁ、大猟で納品先のレストランも埋まってね……」
日本では狩猟期間は決まっているのだが害獣駆除と言う名目で鹿が駆除される事がある。農作物による被害は億単位になる事も珍しくないし時折列車や自走車との衝突事故で生じる損害もバカには出来ない。
「私も二人は産まないといけないわねコレ」
その時夫はくしゃみをした事を知らない。



沙菜と別れ、玲はランニングを続ける……公園にて変性症になる前から知っているランニング仲間や早朝の散歩を趣味にしている定年退職した老紳士らも一様に驚く。
「将ちゃんがお目に適う彼氏探さないとダメだねぇ、あてはあるけど」
「ははっ……先に正弘が篝ちゃんにプロポーズしないと、う~~ん最大の難関は父親かな?」
ベンチにて座って座談していると若い男性数人と共にランニングするスキンヘットの男性が見えた。
「檜屋のオジサン!」
彼は玲を見てキョトンとしていたが数秒後に思い出したように接近する。
「玲か!……こりゃあ篝よりサイズが上だな」
「はい」
「そのぉ、迷惑とかかけてないか?あいつは不器用で」
「いえ……本当に助かってます」
「それよりも昨日は大変だったな、はぁ……」
どうも昨日の逮捕された不良集団の中には彼が知っている方も含まれていたらしく事情聴取も受けていた。そして親友を介して玲が巻き込まれた事を知ったのである。
「篝がその場にいなくってよかったよ……あいつなら病院送りもしかねないからなぁ、正弘もとっとモノにしちゃえばいいのに」
「……」
流石にジムの門下生も苦笑するがその時にどんな事になるのかは想像がつく。



その後ランニングを終え、自宅隣にある日比野道場に足を運ぶ。既に組み手を終え一汗をかいた師範代と総一郎が会話をしていた。
「オスっ!楠瀬玲です!」
「おっ来たな……玲」
総一郎が微笑むと玲もニコっとする。
「高士は?」
「ああ、リーナといっしょに小学生の子らとランニングをしておるよ」
声をかけたらよかったのにと思うが今の玲は女の子だ。遠慮したのだろう。
「グッドモーニング、ミスクスノセ」
背後を振り向くと空手着を身を包んだローランドが立っていた。胴着に刺繍された流派を見ると総一郎と同じだ。
「対応速いですね」
「ラリーもビジネスもスピードがイノチデス、空手モ……」
玲はニコっとする。
「止めるのは野暮じゃのぉ」



数分後、二人の組み手が終わる。ローランドが驚いたのが玲の身体能力の高さだ……これが少年のままならどんな事になっていただろう、無論彼も所属する道場で玲と同世代の門下生と組み手する事はあるのだがレベルが違う……改めて日比谷師範代とその門下生らの実力が分かる。
「まいりました」
「いえ、こちらも……師範代、彼女は凄いですね。代表候補選抜に出さないのですか?」
「本人の意思を尊重しておる、それならあ奴の所に紹介状と共に送っておるわ……田舎よりも東京の方が色々と都合が良いからのぉ」
玲も空手を極めるのなら今の状態の方がいい……五輪競技種目になって俄然空手界隈はざわつき日比谷師範代にナショナルチームへのコーチ要請も来たが断り、代わりに総一郎の祖父が引き受けた経緯がある。年齢の事もあるのだが……有名になり過ぎると困るからだ。
kyouske
2018年12月06日(木) 15時02分15秒 公開
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