第二次性徴変性症 25
・母の故郷


母の故郷も戦前は炭鉱とその関連で栄えた町の一つであり、小規模ながらも城下町だったらしい……料亭神田川も武家屋敷だったらしくどんな経過を辿ってかは不明だがその頃炭鉱の近代化で財を成した者が手入れしたらしい、最も祖父が手に入れた頃にはボロボロだったが……祖父の味にほれ込んでいた複数の某建築会社の会長らがポケットマネーで再建したとか、とは言え地元に根付いておりちと贅沢にはもってこいなのだ。

商店街を歩いていると声がする。
「日菜子ぉ、この子は?」
馴染みの八百屋の一人娘である彼女も母親の同級生である。
「玲よ」
「えええ!あっ変性症かぁ」
彼女は直ぐに理解した。子供を持つと何かと耳に入ってくるのだ。
「これっって高校の時の……日菜子、うちの娘よりも胸あるよ」
「これ以上言わないで」
そう云いつつも夕食の献立を考えているのか野菜を手に取る。
「さっき松海先生が来ていたよ」
「うぁ、まだ教員やっているんだ……長いよね」
「それだけ、中々退職させてもらえないのよ……」
結婚し出産し育児に専念するつもりであったが諸事情により教員に復職、幸い息子二人や姑の理解もあって教頭まで上り詰めた。
「……よくこのご時世に」
「あの女学園は体裁整えるのは上手いからね」
シックな包装紙にチラッと見える新聞紙に包まれる花束を数個肩に担いだ男性は言う。
「健、おひさっ」
「おう……ん?日菜子の所って……」
「玲よ……あっ、女の子になってからは初めてって?玲、ほら瀧沢 健さん……私の幼馴染っ」
彼はびっくりし思う……仁も将も大変だな、これだと。
「帰省しているのか」
「そっ」
玲も数度しか逢った事が無いが父親と伯父とも学生時代からの顔見知りである事は分かっている。チョイ悪そうな風貌であるが花卉を扱っているだけに個性的に見える。
「あんたのところは?」
「セーフ、息子一人でヒヤっとしたが今年無事成人」
「農業大だったけ?」
「おかげで野菜やら送ってくるけどなぁ……ああ、そこに居る天才少女の兄さんが変性症になって大騒ぎになってな」
「「??」」
瀧沢も息子の愚痴に近い状況だったので詳細は知らないのだが……。
「(楊教授に聞いてみるか)」
玲はそう思いつつも話を聞いてみる。



「……つまり、中学生の段階で飛び級で大学生になった天才少女の兄さんが変性症になった事がバレて、ネット掲示板での虐めって言う事?……」
「そうなるわな……おかげで付近一帯の中高のネット掲示板は全て強制閉鎖、在校生が無許可開設したら問答無用の停学だし、卒業生もネット掲示版管理に神経質になっているらしいわな」
花束は大きなバケツに入れられていた、八百屋の主が気を使ってくれたのだろう。
「大変ね」
「そりゃあ、天才少女が他の大学に通う理由にもなるしな、大学も高校との付き合い方考え直す事もあるし……」
瀧沢は華道の家元との商取引がある関係上このような話も聞こえてくる立場だ。
「後で神田川にも寄らせて頂きますよ」
彼はヤレヤレと言う表情で花束を抱える。この分だと意外と深刻らしい……。
「じゃあコレで」
母も野菜数点を買う。暫く歩いていると馴染みの店が多い事に改めて気が付く……。無論大規模ショッピングモールが近郊にも出来てはいるが公共交通機関が路線バスのみ、つまり自動車を持たない方にとってはありかたい場所でもある。
「よっ、日菜子」
「あんたも帰省していた訳ね……大事にしている?」
「もちろんさ、息子三人……で玲か?」
「はい、藍原さん」
如何にも若作りしている感もある雰囲気で日菜子を呼び捨てにしているのが藍原 宗太郎……幼馴染で母親に惚れるも失恋……まあ子供を身籠ってその提供先が楠瀬 将なら仕方ない。とは言え父も彼の事は“拳で何度か語り合った仲”と言う事である女性を紹介したのである。
「貴方、あら……日菜子っ!まさかと思うけど」
「そうです、玲です」
藍原 咲(旧姓:三津野)は如何にもヤンチャしてましたと言う感が漂う人だ。これで息子三人産んでいるとは思えないスタイルが良い人である。
「……察するわ」
「ええ、後は身長が伸びてくれるといいけど」
「ソーさんの大砲が錆びて良かったわぁ」
「……ヒデェ」
玲はうすら笑いをする……確か県外に住んでいるからお盆と暮れ位しか逢わない人だ。
「子供は?」
「“校外活動”で忙しいってさ……たくっ、ぃ!おい咲っ!何スマホで並んで撮影するんだよ!」
「あら、娘作ってやるっていって息子三人になったのは……」
咲の気持も分かる気がするが宗太郎も娘が欲しかっただけに……数分後、咲と玲の自撮りのショットトークを見た息子三人の返信は来なかった……恐らく返信も出来ないほどに後悔したのだろう。
「玲ちゃん、襲ってきたら骨折っても大丈夫だから」
咲の眼が真剣である。最もそうならないように躾けた自信を持っているが……あの男の遺伝子半分を持っているからこんな言葉が出た。
「ああ、将や仁さんよりはマシだろうなぁ」
夫の言葉に日菜子も頷く。


藍原さん一家は東京郊外に住んでいるが実家はここである。
「一番上が大学生、二番目が高校生、三番目が中学生……野球だったけ?」
「そっ……何の因果か……まあ発症したらそこまでだしね」
野球少年にとって変性症は致命的だ……中学生になったらソフトボールしかないからだ。無論少子化の波で野球部があっても試合出来る人数が揃わない学校も各都道府県に複数あるが連盟はこの様な状態を回避する為に合同チームを組ませるしかない……最も生徒のモチベーションが上がるのかは別問題らしく、結局は廃部に歯止めがかからない。更に変性症発症は特待生やら県外留学生は勿論強豪校としても問題なのだ。
「将によろしくな」
「ええ」
二人はまた歩いていく。




神田川に戻り、夕食を済ませる。住居部分は店舗隣に隣接しており元は古い民家であったが……今では洒落た現代建築アート風建造物で神田川との調和の関係上植栽を使っている。
「母さん、この制服もらっていい?」
「気に入ったの?」
玲が少し視線をずらし、日菜子は察した。玲は何かあると他人と視線を合わせない癖がある。
「(まあ、あの人に“脱がされた”からいいかっ……コレ)」
曰くつきだが玲の場合でも大丈夫だ。
「冬服も持っていく?」
「うん」
「……例のあの方なら大丈夫ね」
玲は顔を真っ赤にする……うん、やはり橘に恋をしている事は分かった。
「ただいま~~~」
「お帰りなさい……」
将と合流してふと思う。あの頃とは変わらない雰囲気だ。
「貴方っ……玲もちゃんと女性になりそうよ」
「何……」
「多分、日比谷道場で拳交えるわよ。正弘でも相手できそうね……」
まっ、救急車呼ぶ前に師範代が止めてくれるだろう。
「まだ中学生だぞ……」
「もう中学生よ、正弘も篝を抱いたのも玲と同じ年齢だったしね」
「なぅ!おいっ!」
日菜子はふと思い出した、これはまだ夫にも言って無かった事実だ。
「大丈夫よ、ちゃんと節度ある付き合い方しているし……こっちの方が先になるかなって。あっちの両親も納得して貰っているから」
「道理で大学には行かなかったのか……」
「ええ、ちゃんと準備しているのよ……貴方も覚悟はしておいた方がいいわね」
「はぁ……って、篝ちゃんは結婚考えているのか?」
「そうよ」
「……あちらの親御さんは」
「寧ろ他にアテが無いって……」
将はため息をつく……確かにあの子は印象が良くないと受け止めてしまう。
「……玲の事、将来の義妹って言っていたからね」
そこに丁度正弘が戻ってくる。
「正弘、ほどほどにしておけよ。就職活動に差し支えるからな」
「?」
正弘はキョトンし日菜子はクスっと笑う。



「っ、日菜子……来週東京に航海」
「あら珍しい」
因みに航海とはトラックドライバー用語、将が長距離を走るのは余程の品物と分かる。
「空調服も用意しておきます?」
「そうしてくれ……冷却ベストもな」
空調服とはその名の通り冷却ファンや冷却剤を固定するベストがセットになっている長袖作業服である、品物自体は十数年前からあったのだが当時としてはあまり反応は良くなかった……所がここ数年の酷暑は夏でも長袖を要する建築現場作業員にとっては死活問題、状況次第では熱中症による立ちくらみが高所からの転落事故に発展すれば当事者も会社にも迷惑が及ぶ。空調服もファンとそれを動かすバッテリーもモバイル器機の発展により実用化レベルになった事も普及に拍車をかけた。なお冷却ベストは空調服では無理な職業でなおかつ熱中症になりやすい職場環境、即ち消防士や軍人に普及している。
「現場はここ」
東京ベイエリアに出来る都市型リゾートホテルのパンフを見せる。しっかりと大手の建築会社が記載されている。
「あら、ここって……貴方が務める会社はお呼びかからなかったよね?この大手」
「下請けが談合で業務停止喰らってな……工期も延ばせないから縁切りしたウチに相手の社長自ら来て交渉、ボスもいきなり縁切りされて瀬戸際だったからな、まっ最後は土下座までしたらしい……」
「まあ」
「ウチのボスもここまでされると断れないからなぁ……」
この時の混乱は将も覚えており人件費圧縮の為に家業に就く選択もあったのだがボスが引きとめたのである。程無くしてとある大手建設会社の信頼性を勝ち取り今に至るのだが……ボスの怒りは未だに収まって無い事は分かっていたが会社内の話をまとめるとどうも今の元請け先の社長と伴っていたのだ。
「この社長って何処かで聞いたことあるわねぇ」
日菜子はパンフレットに記載された社長を見て言う。
「まっ、後で聞いてみよう」
ここら辺は名門料亭ならではだ……。


「ああ、彼か……確かこの前の出張先で見たな」
数時間後仁三郎はリビングで夜食を喰いつつもパンフレットを見て言う。既に営業を終えている。
「三箸鴉も認める程ヤリ手だよ……舌も作法も相当な通じゃな」
彼も料理人であるが人を見る目はある。
「そうですか……」
「婿殿の大将に土下座したと言う事じゃな……社員の為なら顧みずか」
「お義父さんは知っているのですか?」
「ここには修業仲間の弟子が店を持つ事になっているからのぉ……大丈夫なのか?」
「建物自体は……あるのはプールや噴水に使う海水淡水化施設を地下に据え付けるのですが……装置の欠陥が見つかって……その間も造園工事が進んでしまったので、普通のクレーンじゃ無理なんですよ、海風もありますし……」
「ほう」
「で、うちが持っているマイクロクローラークレーンとクローラーキャリアを使いたいと」
将は呆れて言うが仕方ない、仕事なのだ。
「お父さん、それって海外の……」
「ああ、元は小型風力発電システムを山間部まで運ぶ為に導入したモノだよ」
風力発電と言えば大型化が進むが既に各部“昼間に公道走行が出来ない大きさ”になる……しかもこのサイズになると設置できる場所も限られ、何よりも自然災害時に深刻な損傷を受けると復旧までの費用も時間も膨大になる。それ故にコンパクトサイズもある程度は需要がある……無論数が多くなるがそこは利用用途でユーザーの判断だ。
「タイヤタイプも探したらしいが大き過ぎてな……で普通の建機サイズのキャリアを持っているウチしかなかったのさ」
因みにこのキャリアは荷台部分を載せ替える事でクレーン車にもなる品物だ。ただ運ぶとなると重機運搬用セミトレーラートラックを二台と付属品を運ぶトラック一台は要する……これを自動車渦巻く都内を走るとなると将はため息をつく。



翌朝、玲は何時のも通りに胴着に着替えてランニングして庭で自主錬を終えていた。
「久しぶりに見るのぉ」
市場から帰り仕込みが始めるのだが孫が来ている時には足を止める。
「お祖父さん、おはようございます」
胴着の上着のみ脱ぐと改めて発育の良さが分かる。娘婿も気が気でないであろう……この前の連れ去り未遂の時も日菜子や地元所轄署の刑事らが止めに入る程、キレかかったと聞いている。最終的には加害者の保護者らは損害賠償に応じる事になる……どうも娘婿の知り合いに加害者の保護者と顔見知りが居たらしい。軽傷で済んでよかったと思う。
「黒馬運輸です!おはようございます!」
「おっきたのぉ」
何しろ名門料亭、取り寄せる食材も宅配で済ませる業者も多い……冷凍/冷蔵ボックスがそのまま積まれる事も珍しくない。最もサイズがでかくなると黒馬運輸以外の運送業者が来る事もある。
「あれ?えっと……」
馴染みのドライバーは玲を見て戸惑うと仁三郎は言う。
「玲じゃのぉ」
「えええ!あっ!」
彼は漸く時折見かける玲と分かり、直ぐに変性症の事も理解した。
「驚いたじゃのぉ」
「ええ……変性症の子も初めて見るので」
手慣れた様に冷凍/冷蔵ボックスから荷物を出しつつある彼は思う、同僚に女に眼が無い奴が居たが彼女の事は伏せておこう。まあバレても名字で警戒するだろうなぁ……確か娘さんの嫁ぎ先が楠瀬と言ったらここら辺で育ったワルは知っているし……俺は悪くは無い。
「親方、運びますよ」
お弟子さんの一人が台車を持って来て確認をして持っていく傍ら、仁三郎は伝票にハンコを推す。
「(可也美少年だったからなぁ……)ありがとうございました」
「今日も安全でな」
仁三郎と玲に頭を下げた彼は伝票をファイルに放り込んだ。そしてホルダーに差し込み、荷台のドアを閉め遠回りで運転席に乗り込んだと同時にナビとして使っているPADから表示が来る。
「……あっ、勘弁してくれ!!!」
別の飲食店に何時も届く荷物が届いてなかったので問い合わせた所、全く別の営業所にある事が判明したのである。朝の段階で分かればお届け先も対応出来る場合もある訳だが、これが昼過ぎならこっちが真っ青になった所だ。神田川宛ての荷物も数年に一度は遭う、それだけ配達する荷物は多いのだ。
「ちっ!」
スマホを操作して直ぐに連絡を入れた、今なら市場に居る筈だ。



数時間後、誤仕分けした冷蔵荷物は翌日になっても品質に問題無い事やお届け先も代用品があったので幸いにも穏便に済ませられた。顔馴染みだった事もあるとは言え気が重い。
「はぁ……」
営業所に戻りため息をつくと背広の上着を持った男性が寄ってくる。
「おっ、お疲れ」
支店長である沖瀬 工はバイトからの叩き上げ正社員だ。
「支店長……どうでしたか?例の噂」
「結論から言えば黒馬運輸には一切の非が無い……寧ろ煽り運転した奴に荷主が直接請求している事は確かだ」
「それでドライバーは?」
「今でも大型精密輸送機材を辞退している、変性症で色々と苦労して末に社員になった人だからなぁ……上も結婚を勧める訳にもいかないし」
支店長も彼も煽り運転によるトラブルは御免だ。


kyouske
2018年10月11日(木) 01時30分20秒 公開
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