第二次性徴変性症 21
・不穏なる再会


橘はアートトラック会場から離れた河川敷にあるグランドに来ていた。すぐ傍にはJR/国道の橋があるので騒音が少々酷いし大雨の後のコンディションが最悪になるがリーズナブルな使用料が魅力でありイベントスペースにもなる……使用されてないらしい、無理もない日陰になる様な建造物が無いからだ。大橋の袂に外車が止まっており、橘は歩み寄る。
「橘 総一郎……貴様っどの面して三沢に」
外車のボンネットの上に軽く腰掛ける男はタバコを吸う。
「おやっさんが推薦してな……三沢の人事も承諾したからな、黒山……」
橘が言うおやっさんとは専門学校時代からお世話になっている三沢系の自動車修理工を営む方だ……彼も元は三沢自動車の技師であったが独立しており自動車修理工を目指す学生らのバイト先にもなっている。
「こっちは専門校卒で黒山夫人もご満悦しているだろ」
「へっ、あんな大学なんて一年で通うの止めたぜ……女とちと遊んだだけなのにアマの親が騒いで警察沙汰になって……」
この分だともみ消しにさぞかし苦労したんだろう……あの大学もFランクではないマトモな方なので退学処分を下したのはこいつの親からの寄付金が無かったからだ。
「話はこれだけか?今日は色々と予定がある」
「地元に帰って俺の会社で働け!」
「さも無ければ関係者に危害が及ぶか……まっ、断るがな」
「ほう……良いのか?」
「生憎、こっちで知り合った方々……強いよ」
橘は振り向くと歩き出す。黒山の表情はどうなっているのか分かる。
「黒山……怒らせるなよ、東京との繋がりが深い大人達も多いからな……」
黒山が慌てて車内に戻り別のスマホを弄るがLトークにも反応しない。直ぐに履歴を消去する……。




「大丈夫?」
「はい、亜紀も平気」
真奈美の言葉に玲はホッとするも、表情を直ぐに引き締める。
「若いの……彼女達は未成年でな、ナンパはパッと引き際が出来るのもコツだ」
神山も若い頃は女遊びで慣らしていただけに玲らに声をかけて来て強引に連れ出そうとした所で神山が持っていた杖が振り下ろされ、玲の蹴りでそのナンパ野郎は倒れた。仲間らがナイフを取り出し襲って来たが偶然にも近くに居た供御飯らが来てアッと言う間に叩きのめしたのである。顔面がめり込む程の強打が放たれた事が分かる。
「襲われる心当たりはあり過ぎるのぉ、玲ちゃんの場合もあの一件は警察が釘刺しているから簡単に襲わないが……」
「どちらにせよ、こいつら警察に突き出した方がええんとちゃうか?」
誰かが通報したのか複数の警察官が来た。この人込みの中で駆けつけるとなると大変だ。
「えっと、そこに倒れているのが加害者ですね……」
「はい……あの強引に連れ出そうとして、危ないと感じて蹴りとそこの方の杖で叩いて、残りはその……」
玲が戸惑うと供御飯は言う。屈託も無くしてやったりの表情で……。
「後はワデらがヤッタわ……」
残りの警察官らは目撃者から話を聞いている。
「どうやら、そこに倒れている連中が悪いようですね……」
女性警察官がスマホ画像を見せる、目撃者の中には騒ぎを撮影しており直ぐに証拠として提供して貰った。
「……クソジジィ!サツよびやがったな!」
ダメージが残る体を無理やり起こそうとするも警察官が制止させる。将が来たのだ、今でも殴りそうな形相に玲は言う。
「お父さんダメ!」
「わかっているさ……君ら地元じゃないね」
ナンパ野郎は冷や汗を出して頷く。答えないとヤバいと思ったのだろう。
「後は、警察に任せておくのが一番じゃな……」
神山は名刺を渡し、受け取った警察官も納得した表情になる。
「供御飯さん、面倒をかけて申し訳……」
「きにせんでええ、あとはサツに任せておけばええわ……」
玲はハッとする、もしかすると橘さんの過去に関係があるかもしれない。



「そう……黒山の後輩だろうね」
巴が言うと玲はしょんぼりする。巴もイベント関係で参加しており玲のLトークで先程のトラブルを知って駆け付けた。
「そんなに悪い人なんですか?」
「もう救いようが無い位ね……」
涼は呆れるほどの表情を見せる。今三人が居るのはステージにしているトラックに隣接して止まっているトラックの荷台……所謂バックヤードだ。
「供御飯さんの息子さんが動画撮影していたけど分かる?」
これだけは警察に提供しなかったのは二人に見せる為だ。玲のスマホに転送して貰い二人に見せると二人は笑顔になる。
「任せて、小中時代の友人に聞いてみるから」
「玲、こっちにスマホの画像データ転送して。映像拡大処理するから」
茅野は手慣れた様にPCを操作して画像を処理しこれで襲った連中の顔がはっきりと分かる。
「何処の科捜研勤めですか?」
「単にオヤジらのカメラの腕前が悪いから」
茅野の言葉に巴も分かる気がした。



「一人未成年……あいつかぁ、うあ、人生オワタ状態よね」
巴は苦笑してスマホを見せる。どうも小学校時代に面識がある人らしく涼もびっくりした表情を見せる。
「ほう、もう特定したのか。早いのぉ」
差し入れのペットボトル飲料が入ったコンビニ袋を手にした神山が見えた。背後には男がいる。あの二人はヒロタの愛車の中で休んで貰っている。
「神山さん、大丈夫でしたか?」
「正当防衛が認められたからのォ……でどうする?」
「会社にはもう報告してます。会話丸ごと伝えてますから……もうどうなるかわかりませんよ……」
苦々しい表情になっている橘を見て玲が駆け寄る。
「橘さん」
「申し訳ない、ここまで強引に進めるとは思いもしなかった」
「悪くないよ、あの話を聞いた時から覚悟はしているから」
「しかしあいつは君が思っている以上に危険なんだ、高校時代に変性症になった友人を暴行しようした程に……その時俺はそいつを病院送りにした」
玲は頭を抱える橘に寄り添い抱きしめて言う。
「私は橘さんがした事は正しいと信じている。あんな凄く強く美しく動ける人だから」
玲の言葉に橘は頷く。
「決まりじゃな。黒山の事は円城寺に任せるが一番いいじゃの」
「あの問題になりません?口利きとか?」
「円城寺は党の方針を動かせる場所おってな、地方組織を引き締めもしておる」
「あっ、確かあいつの祖父って国会議員で与党の……」
「んでもって、昨年週刊誌にスプークを喰らって今度の選挙も危ういとなっているが……ここで孫息子の不始末が表沙汰になれば、議員活動の話じゃないじゃな」
涼は思い出した表情に神山はニヤリとする。今頃円城寺はどんな表情と言葉であの古狸に引導を渡しているのか……確か息子を後継者にしたいが無理だろう。本人は政治家になれないと自覚しているし何よりも息子の不始末が表沙汰に出れば党本部の大物幹部が応援所か公認を得る事すら難しく、逆に政治家を目指している息子を抑制と今の会社経営で手一杯と言うのだ。
「総一郎、会社も君の事情を知って雇用している……先程の一件も会社は想定済みじゃな」
頷くと神山は苦笑、彼は会社から貸与されているスマホを通話モードにして黒山との会話を丸ごと法務の連中に伝えていたのだ。
「さて、玲も大胆じゃな……この分だと将も祖父になる日が近いかもぉ」
「玲ちゃんを義姉さんって呼ぶ日も来るかも」
玲はハッとして橘から離れた、今まで抱きついていたのだ……。


・踏み出す事


料亭神田川は本店を長男、次男が駅前に“離亭”と言う形で支店を切り盛りしている。玲から言えば伯父に該当する。
「玲なのか」
「うん、零従兄さん」
神田川 零はびっくりした表情になる。神田川 仁三郎次男の神田川 颯の長男、それが零である。現在三十歳、修業先で知り合った女性料理人と恋人関係になっており今回の帰省に同行した所でこのイベントに零同様に駆り出されている。既に祖父母からも信頼を得ているのだ。割り当てられた仮設店舗スペースの裏手を訪れた途端に零が硬直、そして姉妹と恋人が来た。
「大女将から聞いてはいたけど……これはもう」
「うん、拝むしかないわね」
「本当に……」
零の恋人である柳川 つかさの言葉に大学生の神田川 那三に高校生の梢もため息をつくしかない。巨乳でありしかも美少女と言うからこの先が末恐ろしい……。
「で、この男前の方は?」
「橘さん、三沢自動車の技師社員していて空手道場の同門」
橘が会釈する。
「柳川もきおったかぁ……この分だと嫁入り近いのぉ」
「神山社長……さっき随分と暴れてましたね」
「ああ、ナイフを出した時点でこっちにも防衛する権利も生じたからな……杖で一発叩いて玲ちゃんの蹴り一つで倒れる様じゃ暴れたとはいえんわ」
「後は供御飯さんらが……大暴れして」
相手がナイフを持っていたが喧嘩慣れしている分あっという間にナンパ野郎らは地面に倒れたのである。たしか供御飯さんは深夜に煽り運転してきたドライバーを返り討ちした事もある、相手は模造刀を振り回すも交わしそのまま拳を相手顔面にめり込ませてK.O……警察に突き出したら色々と悪事を働いていた事が判明、程無くして刑務所への収監された。この事件は東京の青果卸売市場の一つである大田市場に近い路上で起きたからだ……目撃者も警察への通報者も待機していたトラックドライバーであり、煽り運転していた品が無いドライバーを更に殴ろうとした供御飯さんを数人で抑えたらしい。当然ながらこの事件は出入りしている各種料理人にも知れ渡っているのでつかさも知っている。
「またですか」
名物の賄い丼を食し満足して爪楊枝を咥えつつ言う。
「あのあんちゃんは世の中なめきっているんや……だから拳で教え込むや、それがええ大人やね……それにしても話には聞いていたが別嬪やね」
供御飯さんは応援に来ていた広海を見る……無論このままだとバレるので本店の若手仲居さんらがヘヤアレンジし、丸レンズの眼鏡をかけて変装している。
「もう、最初見た時にはびっくりしたわよ。引退してその姿を見る事は無いと思っていたし……神山の大将も黙っていたんですか?」
「うむ、驚かそうとな……」
神山はにこやかに言う。
「もったいないですよね、これは」
「だが……アイドルにするには酷だしな、喰い物にする輩がいる」
神山は健全な方で仕事が出来る恵まれた方だ……その一方ではAVしか仕事ない芸能事務所の多さも知っている。
「彼女の家族の事は知っておるな」
つぐみは頷く、可也スキャンダラスな事件な故にワイドショーでも報道されており、シャイニングの社長と広海の母親が起訴されても収まる気配は無い。
「銀座の大将やらお台場の若大将に世話になっている身なら協力しましょう……料理しか教える事出来ないけど」
彼女が言う人物は東京での親方を指しており、零と共に修行しているのが銀座の大将、その息子さんが若大将と呼んでいる。当然この二つの店舗も三箸鴉会が常連になっている上に神山とは番組企画で共演した事もある。
「にしても……神山さん大丈夫なんですか?こんな事して……」
「わしとて孫に逢いたいがね……はぁ、それぞれ予定があってな……嫁さんも気使ってせるにも癪でな」
今時の子供は何かと大変と実感する事がある、孫を見ていると特に……こんな世のにした責任を感じてしまう。
「……そうですか」
こうして見ると神山も孫を持つ祖父である事を分かる気がする。



程無くして、カスタムカー会場で取材を終えた母親が来た。
「日菜子さん……ご無沙汰してます」
「零さんも……大丈夫なの?ここに来て?」
「日本橋の大将が助とるから行ってこいと……」
助とは和食の世界に置いて臨時に応援に来る料理人の事である。この夏休みの時期に甥っ子と将来の嫁が勤める料亭は日本橋でも指折りの名門とあって助でもそれなりの腕前を要する、最もその親方は父と並ぶ腕前と性格なのでそれなりに充てがあるのだろう。
「玲、先程の事は聞いたわ。あんまり好ましくないけど、仕方ないわね……」
日菜子も立て続けに起こるトラブルには流石に辟易するがこれも楠瀬家の事だ、仁や将が学生時代と比べると生易しいレベルらしく、玲の兄である正弘の学生時代は大人しい方とも言える。最も喧嘩になっても非があるのは相手の方で恨まれた事は無い。
「心配するな、ちゃんと女性の一面もあるからのぉ、最も将にとっては気が気では無いかもしれんが……」
神山はニヤりとすると日菜子は察したように言う。
「玲、あんまりお父さんをハラハラさせないでよ、凄いんだからね」
「?」
「覚悟はしてますから、大丈夫です……」
橘も分かった様に言う。
「日菜子、俺がそんなに危ないか?学生時代よりは丸くはなったぞ」
「そうか?煽ってきた無法者のエンジンキー引っこ抜いて峠の森に放り込んだ事がある男の台詞とはおもえんがねぇ」
昨年、ある作業現場に向かう途中の峠道で如何にも“峠族“と言う感を出した自動車が煽ってきた。真っ昼間であってか父が運転する建機運搬車の他にも別の会社の重機運搬車も登っており二台ともアクセルベタ踏みで三速しか出せない状況、追い越し禁止区間と言う事もあり後続車のイライラも分かるのか前を走っていた重機運搬車が少し広い道路に出ると一旦停止し、父親も停止するとその自動車が前に割り込んできて立ちふさがったのである。まあ品性が無い今時の若者感丸出しで重機運搬のドライバーに詰め寄り文句を言い始めると父親は黙って降り彼の自動車のエンジンキーを引っこ抜き峠下の森に放り込んだ。当然激昂し掴みかかった瞬間、空手を嗜む父は難なく振りほどき、拳が顔にめり込む……重機運搬車のドライバーと随伴車に乗っていた父の会社同僚が制止する間もなく男はその場で倒れた。当然警察沙汰になる所であったが父親は安全確保した上でその場から去ったと言う。
「あの時は大変だったわねぇ……最も相手の方が問題あったと言う事で両親が頭下げてきて……寧ろこっちが申し訳ないと思ったわよ」
父親がぶん殴った不作法男は丸刈りにされており、聞けば別件で警察沙汰になり罰金刑で済んだらしく両親のスマホ画像では何処かの漁港で働いていると……あの自動車も売り払ったらしい。
「玲の知り合いって凄いよね」
広海も呆れていうが玲は薄ら笑いするしかない。
「さてと、ワシはこの後仕事があるからのォ……あの二人も落ち着いたようだじゃな」
真奈美と亜紀が姿を見せたが背後に男性が居た。巨漢だがややメタボ気味にも見える……何処で見た様な気がするが。
「社長っ、この子らの護衛もするんですかい?」
「そうじゃ、ワシの大切な友人の孫でな……おぅ、紹介するわ。若手の芸人兼役者の欅沢 丈だ。まあ端役やらエキストラやら多いが見込みがあるからのォ」
「欅沢です」
「楠瀬 玲です……っ!思い出した!天狗屋ウィリー事件の!」
「はい……それを起こした欅沢です」
某地方局の深夜番組で原付バイクの代表格である三沢 ソニックスで日本縦断するロケ中に海岸の堤防に沿った国道にて信号停止し発進しようとするもエンストを起こした……慌ててエンジンを入れた途端にスロットルが最もパワーが出る位置にあった為に暴走、前輪が浮き上がる状態である事は撮影していた車両の車内からも分かる、欅沢は原付を運転するのはこの番組で初めてとあって挙動を制御できずにそのまま堤防に突進する所であったが工事用柵にガードにされて事無きを得た。プロデューサーと欅沢の会話は撮影していたカメラマンの笑い声も拾ってしまうほど面白かったが欅沢にとっては死を覚悟した一大事でもあった。何しろ立ち寄った先で貰った大きな天狗のお面を背負っており転倒すれば破壊は免れない……幸いにして転倒こそ免れソニックスにも目立った損傷も無かった。その後は無事に目的地の沖縄本島最南端まで到達、その時のソニックスは今でも彼の愛車であり番組のお膳立てで本社工場にてオーバーホール、これが縁でソニックスのCMの話も来たし俳優の仕事も増え始めた。
「では、これで失礼するよ」
神山はスっと去ると自然とマネージャーらしい人が駆け寄ってくる。
「自分も、これ以上は」
橘もこれ以上は同僚に負担が掛るので戻る事にした。


「……で、何処に行くのですか?」
「カスタムカーの方、伯父さんの会社って車載も請け負うから。その趣味を持っている取引先も多いからね。顔出さないと」
「大変ですね」
「お母さんも美人だけど変に言いよってくる人が多いから」
「確かに、あれで子供二人居ると言うのは……あっいえ変な意味ではなく」
「お父さん責任感強いからねぇ」
あれだけの武勇伝があるのなら玲の言葉も納得する。
「欅沢さんは何か格闘技されていたとか」
「柔道です、最も自分落ち癖がついちゃって」
絞め技とかで耐えていると失神する場合もあり、幾度か繰り返すと体が勝手に失神すると言う……柔道は五輪種目とあって国際化も進み、レスリングの変則とあってか寝技持ち込むケースも少なくは無い。
「自分の事は」
「はい聞いてます……変性症の事も一応学生時代に」
欅沢の学生時代の変性症で少女になった子は偏見やら理解不足で教育現場も苦慮した時代とも言える。転校で済めばマシで不登校になったケースも少なくない。欅沢も学生時代にそんな話は聞いた事がある。
「今でこそ理解者は増えた……とは言い難いですよね」
真奈美の言う通り今でも偏見の目はあるのだ。



カスタムカーの方の会場は幾分華やかにも見える……が品も無い様にも見える。
「玲お嬢!こっちですよ!」
楠瀬運輸の若手数人が手を振っている。
「お疲れ様、どう?」
「盛況ですよ、流石に雑誌合同になると面子が凄いです」
玲の父親は建機の運搬するし、兄も四t車に乗っている関係上……楠瀬家には複数の自動車雑誌が置いてあるし、これが楠瀬運輸の社屋にある団欒室にはトラック専門誌が揃っているので玲も時折見ている。
「これって公道走れるの?」
真奈美が尋ねると欅沢は言う。
「走れるけど、あんまりお勧めしないっすね……多分何台かは自走出来ない筈ですから」
「イケる口ですか?お兄さん」
「まっ、友人がやっていたんですが鬼キャンを自分でやって炎上させた事あるんですよ」
「ネットではなく本当の火事?」
玲が尋ねると欅沢は頷く。
「自分、愛車でそれを見てますから」
あの時は動画を撮りたいと言ってその友人は欅沢の愛車であるソニックスにカメラを固定していた。原付とあって高速での撮影が出来ないので国道での撮影となった……最も欅沢の愛車は日本縦断ロケ仕様に改造されており撮影機材が装着が容易である事はその友人も知っていたので頼んだ訳だ。
「焦げ臭い匂いがするなと思っていたら車内から火が出て……その時の映像っす」
彼は私物PADを取り出しその時の映像記録を再生する。確かに後部座席に充満する煙に炎が見え始めた瞬間に友人は自動車を停車して転がった状態で降りた様子が映し出された。早朝で国道と言えとも交通量が少ない時間帯だった事も幸いして他の自動車を巻き込む事は避けた。
「これってMy動画にも載ってますよね」
他の参加者が尋ねると欅沢は頷く。
「そうっす」
その後は警察が交通規制&当事者二人に事情聴取、消防は消火作業……そして友人は両親に怒られたそうで自分が父親により丸刈りを動画に記録するように頼んできたという。
「それって本気で?」
「ええ、彼の両親は理容師(床屋)と美容師ですから……悪さすると丸刈りって言うのは定番なんですよ」
成人年齢過ぎても子供は子供と言うべきなのか、欅沢の表情は遠い目になっていた。
「その方って今日は?」
「大の三沢ファンですから参加したがっていたんですが……無理でした」
「?」
「まさか死んだとか?」
「いえ、彼も美容師で……修業先に捕まったんですよ」
後で知ったのだが頭にカリスマが付く程の腕前故に芸能人やアイドル御用達となっている訳だ。修業先の師匠やオーナーからも信頼があり幾度か支店長の話もあったが兄か姉弟子らとの兼ね合いで断っていると言う、それでも”どうしても彼にセットしてほしい”と言う顧客も居るので出向いている。
「その方があいつの為なんですけど、あんまり仕事過ぎるとこうまた……やりかねないと言うか」
会話から察してその友人は仕事上のストレス多過ぎなんだろなぁと思ったが二人は言わない、欅沢もそこら辺は分かっているのだ。



その後は若手社員の二人に案内されてカスタムカーを見ていた。
「(ここまですると維持が大変そう)」
玲は何度かカスタムカーの雑誌を見ているが実際に見るのが初めてだ。カスタムカーの持ち主は男性が多いが女性もちらほらと居る。
「女性の方も居るんですね」
「変性症になっている人もいるしね、私の様に」
モデルをやっていてもおかしくない美女がニコッとして話しかけた。
「けー君、おひさ」
「錦さん……」
「わかっているって、東京でセッセッと仕事しているんでしょ……でこの美少女は?」
「今回のイベント主催者の孫さんの一人で……楠瀬 玲さん」
「やっぱりね……ぃ小学……でなくって中学生だよね?凄いサイズ……私の時よりも大きいかも」
「!」
「私も中一で発症したのよ」
「へ?」
「私の時は発症事例が少ない時代で年に数人って言うレベルだったから、おっかなびっくりだったからねぇ。だから暫くは女性らしい格好なんて嫌で、カウンセリング受けても自分を好きになれなかった……無理にセーラー服着て学校に通ったからストレスがたまってね」
錦は今でこそ話せるがそれでも詳細を語れないのは今でも影響があるのだ。
「高校の時に原付バイクの免許取ってバイトに明け暮れた。もう大学行く気もしなかった……」
大学進学が当たり前の時代にあって錦が通っていた高校ではほぼ大学進学を選ぶ同級生が多い中、彼女は形式上では“浪人”と言う形で卒業……これには中学時代の長期病欠が影響により学力に差が生じ留年こそ免れたが大学受験する気力も無くしていた。高校がバイトを許可してくれたのも部活に無理に参加させてトラブルが生じるのを恐れたからだ。
「で、バイト先だったバイク便やっている人が声かけてライダーをやりつつ大型自動二輪も自動車免許も取って、自動車も買った。バイク便仲間にカスタムカー趣味の人が居たからね」
彼女の自動車は足回りこそ普通の自動車と変わらないが、塗装や内装を弄ってある。全て社外品になっているが通から見れば控え目らしい。それでも軽自動車が一台買える程の金額に達しているとも言う。
「錦さんの場合は大人ぽさもあるからなぁ」
「……バイク便で回っていた時に出入りしていた所の一つにデコトラが集まる場所があったからね。スタイルは影響受けているのかな?」
ここら辺は玲も納得する、父親の実家が運送業をしているが使用するトラックはまさに彼女の言う通りだ。無論否定的な意見もあるのだが……職人が道具に金を惜しまないと同じ理屈だ。
「バイトだったんだけど、業務拡大で急に社員が必要で、継業した社長がね……周囲を見て高校時代からバイト経験があるからって正規採用、そして今や管理職の一人ね」
遠い目になっているがそれなりに趣味を継続するには正規雇用はありがたいし、彼女の趣味に理解がある環境も決め手になった。変性症が偏見や差別が多かった一昔にしては恵まれている話だ。

kyouske
2018年04月20日(金) 02時13分49秒 公開
■この作品の著作権はkyouskeさんにあります。無断転載は禁止です。
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