第二次性徴変性症 20
・進路の事


出稽古先の高校には武道棟があり、空手を初め各部共用の道場がある。夏休みとあって他校と共同で合宿をしている所もあり空手部は現役レギュラーらは合宿の最中だ。玲は道場の片隅で女子部員らと共にお昼を食べている。空手歴は数年だが年上なので付き合っている。
「偏差値はまあまあ……でもここね赤点取ったら追試で合格点取るまで参加停止よ」
「しかも公式戦にも出られないし補習優先になるのよ」
「厳しいですね」
玲はそう言うが分かる気がする。これで部活と勉強を両立させる気だ。
「午後からは柔道部が使うけど見学できるぞ、楠瀬」
竹刀を持っている柔道着を着た男性はニッとする。
「浦野洲先生、楠瀬さんを知っているんですか?」
「知っているも彼女の父親とは何も学生時代はよく喧嘩したからなぁ……産れて暫くして出会っているよ」
胡坐にして言う。
「さっきの試合を見たがスゴいな、柔道は授業でしているかな?」
「はい、でも襟首掴む時に一度高士に誤って突いて、脳しんとうにさせてた事が」
浦野洲は分かる、柔道の場合は両手を早く相手の襟首に掴む事が重要でその際ひょんなことで顔を殴ってしまう事もある。
「君のお父さんも柔道の授業でよくやっていたよ、何度柔道部の連中怒らせて返り討ちしたか……」
「……」
玲は何時も温厚で空手の時は礼節を持つ父しか見てないだけに意外だった。
「先生っ、彼女の父親ってスゴかったんですか」
「……半ば伝説になっている位だよ」
浦野洲は空手部員らの問いに遠い目になる。こう見えても大学時代には日本代表候補に選出されたが教員の道を選んでいる。
「浦野洲先生、卒業アルバム持ってきました♪」
柔道部の女子学生は図書室から古い卒業アルバムを持って来た。
「え?」
「何だ将や仁さんから聞いてないのか?ここだよ、俺と楠瀬兄弟の母校は」
ページを見ると学ランとセーラー服の制服姿のクラス写真を見る。この高校も今ではブレザーになってしまったのである。
「あっこれだ、楠瀬 将……」
「面影あるよね?」
玲はスマホを作動させて家族写真の画像を出した。数年前に父が勤めている会社の社報で撮影する機会があったからだ。
「浦野洲先生、そろそろ……」
柔道部主将は声をかけると彼は道場にある時計を見る。
「じゃあ、始めるか……空手部の方は見学位置に」
この高校の各格闘競技の部は共用で道場を使っている関係上交流もある。
「(やっぱり授業の柔道とは違うなぁ)」
既に基礎は出来ている分、ハードになる。高校から本格的に柔道を始めた生徒も慣れた頃合となれば……更に乱取りになり、畳でも吸収出来ない震動が来る。
「危ないっ!」
玲の目の前で互いに投げ技をかけようして縺れ込んできた女子部員が来て玲の上に被さった。
「「すみませんっ」」
「大丈夫です……」
一人が玲の胸に顔を埋めてしまったが気にする事は無い。高校生とは言えそんなに体重差は無いからだ。



稽古も終わり部活棟にあるシャワー室を使わせて貰う事になった。更衣室にて全裸になる事は慣れているがその胸に釘付けになるのは必須だ。
「大きいよね」
「すごい」
「中一でこれって」
「変性症の子は巨乳傾向って言うのは聞いたことあるわね」
空手部や柔道部のみならずその場に居合わせた他の部のお姉さん方も悔やむ事よりももはや関心する……幼いが美少女なので尚更である。
「楠瀬さんってお兄さんとか居る?」
頭一つ身長が高く褐色肌になっている女性が尋ねる、シャワーブースから来たらしくバスタオルを体に巻いている。
「はい、もう社会人で働いています」
「やっぱり!あれ?弟が居たよね?」
「その弟だった者です」
女性は玲の言葉から数秒後にびっくりした表情を浮かべるのであった。



シャワーを終えて身支度を終える頃に伯父の仁が迎えに来た。浦野洲と先程の女性である鵜河 明日美に空手部顧問も顔馴染みである。
「どうでしたか?」
「刺激になったさ……恐ろしい娘になりそうだ。将も気が気がないだろ」
「本当にこの先が大変ですよね」
「まっ、武術を習わせているからな」
「将、仕事で遅くなるじゃ?」
「予定よりも早く切り上げられたから……それに久しぶりに見たかったし」
少し老朽化が進んだ学び舎を見て将は言う。部活棟から中学校の制服を着た玲が駆け寄ってくる。
「お父さん、仕事は?」
「近くだったからな、兄さんは自分の子供の所に」
「そうするよ……」
「玲、ここな俺と兄さんの母校なんだよ……変わったと言えば部活棟が出来た位で……で浦がどうしてここに?」
「柔道部の顧問でね、本職は社会科教師だ」
「教員になったのか!」
「ああ、娘さんに柔道習わせるなら良い師匠を紹介するぜ」
「止しておくよ、こいつは襟首掴むよりも突きするから」
浦野洲も納得したが玲のフットワークの良さは組手を見ても明らかに素質があるが……思えばあの頃しつこく将に柔道を誘っていた当時に何度も殴られた。
「たまには同窓会にも出ろよ」
「一次会しか出れないぞ」
「分かっているさ」
軽く頭を下げて助手席に座る玲を見て思う……本当に父親をしていると。
「浦、教員になってもよかったのか?」
「故障個所が大学時代に酷くなったからな……今じゃ部員数人で乱取りすれば古傷が痛んで歩けなくなる事もある……」
「……そうなのか?」
「何、強豪校卒の宿命さ……」
切ない顔をする浦野洲に将は何も言わなかった。



「うん、これでどう?」
トラックイベント用Tシャツにキャロットスカートの格好で頷く玲……帰宅するとイベントで使用するTシャツが届いており母親によるコーディネイトが始まり色々と試した結果キャロットスカートとメンズサイズのTシャツとなった。
「話には聞いてましたが……ここまで美少女になっている、うんこれは戦争だわぁ」
「……元アイドルからお墨付き出たわねぇ」
「もう一昔前の事ですよ、今は姫トラよ……」
気風が良い女性は深く息を吐いて言う。彼女は元アイドルだが地下アイドルであり中々表に出ない理由を知り引退、首尾よく今の職に付けたのはよくライブで機材を運んでくれた今の旦那さんのおかげであり今では自前の二t車を動かしておりトラックイベント用Tシャツも製造元から直接引き取り来た帰りだ。製造元と言っても輸入されたTシャツに専用の印刷機でプログラムされたイラストや文字をプリントされたモノだ。
「三箸鴉の大将らは元気にしている?」
「ええ……玲を自分の孫の様に見ているわよ。そっちは仕事は」
「シャイニングの一件はひやひやしたけど計画通りにトイルネーダーのライブツアーするから問題ないって、ただ機材とか減らすって」
「台数が減るのか?」
「確実に……2~3台は」
トイルネーダーはシャイニングのアイドルバンドグループであるので楽器や音響に衣装やら合わせると10tトラックでも十台は必要になり、センターアストル式フルトレーラーの導入も考えたがライブツアー会場の施設内駐車場や道路状況の実情から諦めた経緯もあるが彼女が所属する運送会社にとってはある意味では問題が生じる。
「兄さんの所もそんなに仕事が無いぞ」
「分かってますよ」
彼女はため息をつく。
「動画作りが本職になっているじゃないの?」
「はい、これで仕事が来る事もあるんですよ」
彼女の愛車もドライブレコーダーを装備している。煽り運転や危険運転が起因するトラブルの際にスムーズに事が運ぶ……ダーリンなんて目の前で煽り運転と危険運転に遭遇した一家を救った事もある。ダーリンは直ぐに助手席に乗っていた交代用ドライバーにトラックを任せて高速道路上で絡む男を一撃で黙らせ、男の乗用車を最寄りのSAまで運転……少しは揉めたが煽り運転と危険運転を記録した他のトラックやバス、乗用車からのドラレコ映像が集まって男は逮捕されたと言う。ダーリンは軽く注意されて事無きを得ておりこれが一昨年の夏の話だ。
「で、隆さんも参加するのか?」
「ええ、フルトレーラーで」
「よく参加出来たな……」
「物流の効率化と相手方の理解もね……おやっさんの仁徳かな?」
彼女はそう言うとスイカ果汁入りジントニックを呑む。愛車の二t車は既に楠瀬運輸の駐車場内にあるからだ。



・イベント当日


アートトラック部門のイベント進行を任されている楠瀬運輸は会長である祖父を陣頭に朝から大忙しに動き、父親も勤めている建設会社が所有する海外製建機の会場内への搬送の為に夜明け前から出社している。
「着替えOKね、じゃあ行くわよ」
伯母の言葉に着替えと女の子の必需品が入ったスポーツバックを肩にかけて玲は頷く。女性は持ちモノが増えると聞いたが実感している。女の子の必需品としては生理用品一式でこれは玲の様に変性症の発症後はホルモンバランスの崩れで生理間隔がバラバラになる事もあるので常に持ち歩く事にしているし後は化粧ポーチに入っているのは制汗剤やら化粧水やら……とりあえず使い方をメモした小さなノートも入れている。
「義姉さん、すみません」
「いいのよ……自動車は減らせる方がいいから」
そう言うと彼女は愛車のピックアップトラック荷台に載せられている荷物を見て荷崩れが起きないか点検する。
「本当にイベント設営が当日って言うのも大変ですね」
「警備員を雇うにも色々と面倒でね……本当にこんなに手広くするなんて誰の差し金かしら?」
伯母は少なくとも察しがついていた。本当にこの日の為に他の仕事を調整したんだろう……まあ、この様なイベントはある意味必要だ。
「玲ちゃんも今日はがんばってね」
「はい」
伯母はハンドルを握りアクセルを踏む。




会場の一つになる河川敷に着くと既にメインステージになる10t車が見えていた。バンボディであるが天井部分まで大きく開くターンオーバーウィング、これによりクレーンでの積み込み作業も容易になる、そして前にステージが組まれていた。
「ここがメインステージで背後にあるトラック荷台が更衣室にするからね」
「はい」
少年なら野外でもよかったが少女になってしまったので容易に人前で裸になる訳にもいかなくなる。
「じゃあ私は取材もあるから、義姉さんの手伝いをよろしくね」
母親は折りたたみ自転車を手早くセットしてカスタムカーイベント会場へと急ぐ。
「確かに玲ちゃんの胸だと危ないわね」
伯母は納得した、それにしても胸囲の格差とは時には残酷である。既に会場入りしている娘三人に任せる事にした。
「既にお客さんも来ているんですね」
「愛好家は多いからね、世代も年齢層も幅広いし……」
従姉で次女である茅野は平然と言う。確かにお客さんらしき人は既に見えており受付を済ませた後に持ち込んだカメラやビデオカメラを用意、チャリティー撮影会が主な目的で収益は福祉関連に使って貰う為に後日寄付すると言う。
「移動店舗も来るんだ」
「そうよね……あっ、丼飯屋もある」
大手外食チェーンの猛者であるこの店は戦後昭和に東京築地市場にて当初は市場職員や出入りする魚屋や食品会社社員を当て込んで丼飯専門店とスタート、時間に追われる方も多かった事から盛況になり出入りしていた業者からも都内で食べたいと言う声を聞いて事業を拡大、今や外食産業の老舗で移動店舗車両は各エリア支社に一台ずつ揃えており、イベント時に出店したり駐車場を持つ店舗が改装中に営業できない場合に出てくる。
「他にも来ているね」
「ここだけじゃないわよ、市民体育館の方にはバーガーランドが来ているから」
「関河さん」
昨日玲の自宅にTシャツを届けに来た関河 あすみは屈託もない顔を見せる。バーガーランドはシアトルコーヒーよりも先に進出したハンバーガーを主体にしたファーストフードだ。こちらも移動店舗を所有している。
「関河さんの所も来るんですよね」
「ええ、入場してくるから……」
彼女の鞄には誘導用のサインライトが入っており、首にはホイッスルがかけてある。更に反射板が装着されたベストも着用。何せ21mサイズのセンターアストル式フルトレーラーを誘導するとなると直視が出来ない個所が増え危険度が増すのである。最も彼女が所属する運送会社は建築現場にも出入りするのでヘルメットと高所作業用セーフティーロープも常に積んでいる。
「たーさんと会うのは初めてだったけ?」
「はい」
たーさんの事、関河 拓次郎はあすみの夫でコワモテな顔をしているが常識もあり地下アイドルだった自分でも受け入れてくれた。結婚して家庭を持つようになるとこれまで使用していた4t車から10t車に乗り換え牽引免許を取得しフルトレーラー専門になった。
「来た来た……」
あすみは鼻歌を奏でつつも引き締めた表情になり展示スペースへの誘導を始める。既に来場者らはスマホやカメラで撮影を始めており事故を防ぐ為にも誘導する必要があるのだ。
「将叔父さんは何時来るの?」
「そろそろかなぁ……」
まだ幼稚園児の頃に一度だけ父の職場を見た事がある……建機が整然と並びそれを運搬車に載せて現場へと運搬する。当然建機を載せる為に必要な免許を全て取得、それ故に中々管理職に異動出来ないらしい……最も本人は雇用が保証されれば文句は無い。
「あれかな」
企業カラーである深緑にスカニアの建機運搬トレーラーが姿を現し河川敷へと進入する。建機はしっかり固定され父は何時のも用にハンドルを握りアクセルとブレーキを巧みに操作する。傾斜角は重機運搬車が通れるとは言え幅は広くは無い……撮影者も河川敷か堤防道路からの撮影している。
「ホイールショベルかぁ……変わり映えしないって言うか」
搭載された建機を見た茅野はボソッと言うが綾音はハッとした表情になる。
「……まさかあの機種、日本にもあったの!」
綾音は私物のタブレットを弄り、フォルダから画像を出し再生する。
「これって欧州の変わり種建機だよね、ロボットの様に歩行する……」
「そうよ!ここで見られるなんて!」
綾音も兄も仕事上必要になるので建機の各種免許は取得している。
「日本での導入事例は少ないからね、後で写真撮るわよォ!」
デジカメだがレンズの部分のみプロ仕様であるし楠瀬運輸の電子社報に掲載する動画も撮影する。仕事内容は取引先に了承して貰っての掲載になるが理解は得られるしPRになる、この前の大学病院のCTスキャンの交換も撮影しているが無論あのシーンは電子社報に掲載してない……最も容疑者側の不法侵入の証拠映像として予備のデジカメで撮影、本体内蔵データで録画しているのでそのデジカメは検察が証拠として預かっている。
「楠瀬の譲ちゃん達、久しぶりや」
如何にも関西系コワモテなオッサンが上機嫌で受付のテントに居る玲らの元に来る。顔見知りでもないが毎年の年賀状には愛車と共にツーショット写真を使う生粋のトラッカーであり主に成果関連の仕事をしている。
「供御飯(くぐい)のオジサン、ご無沙汰してます!」
「あれ?仁の所は三姉妹だったかぁ?」
「玲ですよ、変性症になってしまって」
後ろから将が来て供御飯 銀に告げると彼は泡食った表情になり将に言う。
「仰山な胸になって……こりゃあ大変な事になるわぁ。ふぅおいちゃんのむすこが引退したの悔やまれるわぁ」
「若いもんには言っておいてくださいよ、玲の空手の腕前洒落になりませんから」
「将も娘を持つ父親になったもんだな、まっ玲の事だから既に片思いは居ると思うがね」
「上さん」
上さんの事、上原 丈は父と同世代であるが老けている様に見えるのでみんなから上さんとも言われている。主に建機の運搬をしており一昨年には三沢ロードポーターの新型に切り替えている大の三沢派である。家庭持ちで二男一女、次男が同じくトラッカーになり長男と長女は東京の私大に進学し就職している。
「会長は?」
「今は司会進行のタレントさんの所、神山さんの事務所から来るって言っていたけど」
茅野はこう見えて芸能の事は疎い、アイドルも芸人も長続きしないのだ。ここ最近はSNSの評判で仕事に差し支える事もあり神山が運営する事務所では所属タレントや芸人の私有SNSは禁止していると言う。最もこの手の道具には年齢的に疎い人が多いので事情に詳しい若い事務員に任せている。
「確かこの人……ほら、ボヤき芸で一世風靡したヒロタって言う人」
「神山さんの所だったのか」
一昔前のコント番組でピンに関わらずホストクラブで磨いた話術とネタであっという間に売れっ子になった芸人であるが当時雑誌企画でキャンプをした所見事にハマり今ではキャンピングカーを持つ芸能界きってのアウトドア芸人と言う一面もあり今では関連協会のイメージキャラクターの仕事もしている。三沢自動車も系列会社にカスタムメイドを手掛けておりキャンピングカーと欧米で言うトラベルトレーラー(キャンピングトレーラー)も製造や提携先の海外メーカーの車両の輸入/販売にアフターサービスも手掛けるので評判は良い、ヒロタもそこにほれ込んで三沢自動車のピックアップトラックとトラベルトレーラーを有している事から今回の仕事を引き受けたと言う。
「でもキャンプって今がシーズンじゃ?」
「秋と冬にガッツリ行くから問題無いので……予約が取れやすいのです」
玲の背後から独特の口調で言われ振り向くとヒロタが居た。トラックドライバーらは直ぐにスマホを取り出して撮影モードに……若い頃はTVで見ていただけに知名度があるのだ。
「司会を務めるヒロタです、本日はよろしくお願いします」
何時の間に来ていたのかと思うほど影が薄いが喋ると独特の口調が耳に残る……売れない時代に相方が切羽詰まってホストクラブの門を叩いたのがきっかけでネタ作りの関係上ヒロタもする事に……顔はそこまで良くも無く、悪くもなかったが話術が凄く適度な付き合い方で主にマダムらから好評を博した。相方は典型的に客にのめり込んでしまい警察沙汰になり芸人としては再起不能……仕方無しに好意にして貰っているマダムの紹介でとある番組の前説が神山のお眼鏡に叶った。
「あの、背後に居るのは?」
玲はヒロタの背後にズッと隠れている少女を見る……気が弱く人前に出たがらない感じであるが美人だ。
「義娘です……亜紀と言います」
娘と言ってもヒロタとは血が繋がって無く相方と肉体関係にあった女が勝手に産んだ子であり、相方は失踪……彼女もシングルマザーとして頑張っていたが交通事故に巻き込まれて死亡。それを知ったヒロトは引き取る事にした。双方の実家は亜紀を引き取る気も無かったのである……ホスト時代に世話になったベテラン女性弁護士の辣腕により養子縁組をしている。
「いたぁ!オジサン!ぁ勝手に亜紀ちゃん連れ出すなぁ!」
「オジサン??」
その場に居た全員がキョトンして活発でショートヘアの少女に目を向ける。セーラー服に見えるが何処かのアニメに登場した学園の制服らしい……スニーカーを履いており亜紀ちゃんを引っ張った。
「彼女は、柳原 真美子……ヒロタの姪っ子じゃよ」
「神山さん……」
「パパから頼まれているから……ほら!オジサンは仕事!」
綾音もステージの準備を始める為にヒロタと一緒に歩き始めた。



「……同じ中学一年なのに」
真美子の絶望に満ちた声に玲は薄ら笑いするしかなかった。真美子の胸のサイズは同世代の平均にしては男子の視線を向けられるそれなりにあるのだが玲と比較すれば無きに等しい……神山もこればかりは黙るしかない。亜紀はタブレットの画面に落下防止のひも付きタッチペンで文字を書き音声を出す。
「-柳原 亜紀です。はじめましてー』
「亜紀は叔父と出会った時には既に失語症……声帯や脳に耳に異常にないから精神的な要因と言うか……お医者さんもお手上げなのよ」
亜紀は筆談用にカスタマイズされたタブレットを使っているので日常生活には問題は無く、学校側も彼女の事情を考慮して受け入れている。このタブレットもヒロタがホスト時代に世話になったマダムの数人が人脈を駆使して見つけ出したモノで音声は合成とは言え可愛らしい。
「-今は手話を覚えている最中ですー」
「そうか、これが使えない場合もあるからね、学校だと」
玲の言葉に頷く亜紀……神山はバレない様にダンディなちょい悪初老と言う感じで真美子と亜紀に付いていく。
「神山さん、大丈夫なんですか?」
「変装には自信があるじゃな……」
分かる人には分かるらしくスマホで撮影している。
「変に記事をでっち上げたらそれなりの落とし前付けさせるからのぉ……」
最も神山の怖さは週刊誌を出している出版社には知れ渡っている。実際余りにも酷いでっち上げ記事をバンバン出していた週刊誌編集部に殴り込みにして悪態付く編集長をタコ殴りにして警察沙汰に……最もこの週刊誌も廃刊になり編集長も解雇されたと言う。
「チラシの束も重たいわねぇ」
「これを持って来て正解だったわ」
茅野は電動一輪車を動かして思う……チラシも束になれば重たい、通販で扱う飲料水のケースと同じ位かそれ以上になる。普通の台車なら河川敷での使用は無理だが電動一輪車のアシストにより茅野も楽に動かせている。楠瀬運輸は重機や建機を扱う関係上、分解や組み立ての際に使う工具も重たくなり、場所柄この様な機材も充実している。運輸業を営んでいるのお取り寄せやら通販なんかは全て自宅最寄りの宅配の営業所止めかコンビニ受け取りにしており、時折この電動一輪車を使って運ぶ事もある。
「チラシ持ってきました」
「ごくろうさん、っえ!親分っ!」
「おう、どうだ?福博」
「何か何時ものバイトも変わらないっすが……その楠瀬運輸の御嬢さんって三人じゃ」
亜紀と真美子の事はヒロタを通して知ってはいたし、楠瀬運輸には世話になった事もある男は尋ねると茅野は言う。
「従弟だった玲だよ、最近変性症になってな」
彼は瞬時に状況を判断し自制する。思わずチラシの束を落としそうになるが堪える、確か空手をしていた筈だ。昨年の秋に玲のハイキックをケツに喰らって痛みの余りに転がった事もある。あの時はたかが小学生と侮っていたがそのきつさは並大抵ではない。
「!」
「福博 笠太郎の事は知っておったかな」
「はい。昨年の秋にその……」
「大丈夫、胸揉ませろと言ったら殺されるから」
福博 笠太郎はその芸名から分かる様に福岡市出身芸人で今は東京にある神山が運営する事務所に属、相方のパイン北九は別の仕事でここに居ない。互いに福岡の芸人養成所で知りあっているが当初は其々別の相方と組んで活動していたが事情によりその相方と解散……そして講師を務めている神山の勧めで組ませ、そのまま今に至る。そんな訳で彼とパイン北九にとって神山は父親以上の存在なのだ。
「あの時の空手少年がねぇ、変るもんだ」
昨年の秋に笠太郎は番組内のゲームに敗れ罰ゲームに玲からケツにハイキックを喰らった、その威力は他の出演者も本気で心配顔になる程であるし、パイン北九も蒼褪めた程だ。
「相方が来なくてよかったです」
「うむ……あいつは女癖がわるいからなぁ……一度玲にシメて貰うのも手だろう」
そんなことすれば変な属性が開眼しそうな気もするが神山と笠太郎が他人に聞こえるほど愚痴を零すとなると深刻とも言え、何しろ何度も週刊誌のネタにされているからだ……。
「ー……あの、毎年お義父さん出演している年末特番のキックが凄い人にやってもらうってできないのですか?-」
亜紀はタブレットに入力した音声を出す。
「その手もあるなぁ……うむハイダウンに掛け合ってみるか」
ハイダウンとは中堅芸人であり、”塩梅な感じ”と言う関西ローカル番組を持っている、その年末特番で“笑禁止二十四時”って言うのがあり、ハイダウンの二人を含め他の中堅芸人らを笑わす為に神山もヒロタも笑いの刺客として参加している。亜紀が言うキックが凄い人とはムエタイをしていた方で何でも若い頃アマチュアながらもチャンピオンに……その威力は大の男でも苦悶になるほどだ。
「(すまん、相方……)」



笠太郎とは分かれて玲らはアートトラックのイベント会場へと戻る。アートトラックの紹介は
動画撮影者にとっては格好の出し物だ……ステージになっているトラックと観客席の間をゆっくりと進むその姿はまさに現代版御馬揃えと言うべきだろう……個人や中小クラスの運輸会社が多い中、大手の運送会社も出てきた。
「三沢自動車のレーシングトランポまで出ている」
「新型ロードポーターだよ……楠瀬さん」
橘が言う、彼も作業用ズボンに企業Tシャツと言う格好である。
「誰?」
「道場に通っている人で、橘 総一郎さん、三沢自動車に勤めているの」
茅野は会釈し、橘も軽く頭を下げる。
「って!!物凄くイケメンだよね、楠瀬さん」
「……そうなんだ」
「ほぉ、劉介のせがれかぁ……親父さんは元気にしておるか?」
「はい」
「神山さん知っているんですか?」
「うむ、総合格闘技に少し嗜んでいるからのぉ……日比谷もよい遊び相手が増えて喜んでいるじゃのぉ」
玲は納得した表情になる……。
「にしても……社員になるとは思いもしなかったじゃろ」
「……自分には不釣り合いと思ったんですが」
「だが、おやっさんが推薦したのは人柄と技術力を持っているからじゃ……学歴がどんなに良くても素行が悪ければな、あ奴の様に」
神山の表情は険しくなるも玲を見ると微笑む。
「競技車両は市民体育館前に展示しているから、後で見に来て」
「?」
「ラリーカーはナンバープレート付けている場合もあるけど、本格的になるとね……公道走れないから、フォーミュラーやスーパーGTは」
真奈美のキョトンしていた表情に玲は言う。兄や道場に通う大人達の影響である程度はモータースポーツの事は分かる。
「公道を走れる自動車はある程度の安全性を確保しないといけないからね……だから自走出来る建機も運んだ方が早いと言う事でウチの仕事がひっきりなしになるのよ……」
無論建機の中にはナンバープレートを装着している車両もあるが現場まで自走するとなるとホイール式でも難しい場合もあるので大抵はトラックによる輸送されている。
「レーシングカーを運ぶトラックって大きいのですね」
「競技車両は元より工具に機材、他にも必要な道具も運ぶからねぇ……タイヤは主催団体と契約しているタイヤメーカーが専用のトランポに機材を積んで来るからね」
橘がタブレットで画像を出す。タイヤをホイールに嵌める作業をしている光景だ。
「凄い量」
「これが全部使い切る事もあるしね」
真奈美は信じられない表情になる。


その後は橘さんはスマホを見て予定があるのかその場から離れた。
kyouske
2018年02月09日(金) 01時14分08秒 公開
■この作品の著作権はkyouskeさんにあります。無断転載は禁止です。
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