第二次性徴変性症 19
・止まっていた時間


橘は道場へと戻る為にハンドルを握っていた。助手席には玲が居る……中学生は異性を意識する年代で恋愛にも意識する。表情は明らかに自分に好意がある事が分かる程だ。
「(蒼かったなぁ)」
玲を見ると彼女に似ている……あの時の彼女の様に……。
「……ん?」
国道に出て明らかに違法改造されたバイクのエンジン音とサイレンの音が聞こえてくる。
「暴走族」
「あんまり治安が良くない場所があるから……そこを根城にしているって」
玲が住む市は戦前は町で炭鉱で栄えたが高度経済成長期には大きな落盤事故や坑内火災を起こし、石炭よりも石油と言う時代になると早々と閉山を余儀なくされた。玲が言う治安が良くない場所とは炭鉱があった山間部で再開発の為にリゾートホテルが進出するも建造途中で会社が倒産し廃墟は暴走族らの縄張り争いの一つになっていると言う。
「なるほどねぇ」
バックミラーを見るとエンジンをカラ吹かし蛇行する二人乗りのバイクのヘットライトが見え、少し離れた場所に赤色灯が回っているPCが見える。一人なら進路を塞ぐが今は玲が乗っている。彼は歩道側車線に自動車を移動させた。玲を歩道に避難出来る様にする……相手は暴走族である以上は車道で事を構えるよりも歩道の方が対処し易い。挑発するように蛇行する二人乗りのバイク……ケツ持ちと呼ばれる警察車両の走行を妨害し仲間を逃がす役割を持つ。通り過ぎた時に玲は言う。
「あっ!倒れる!」
バイクのタイヤが滑り車体は横に向き二人は路上に放り出されるも直ぐに起き上がり逃げる。橘は方向指示ライトを左右同時に点灯させるハザートモードにして他の車両に注意喚起させつつも減速する。
「(オイルとか撒いてないだろうなぁ)」
バイクの転倒事故に置いて怖いのはオイル漏れだ。これはニ次事故の要因にもなりえるからだ……バイクはそのまま国道の中央分離帯にぶつかり止まるが暴走族二人は逃げているだろう。
「問題なさそうだ」
自分が出なくても大丈夫だ、橘はそのまま道場へと急ぐ……念の為にドラレコのHDから映像をDVD-Rに移しておく。




買ってきたロック用の氷とお惣菜を出し終え、橘は道場の片隅で丼飯を喰っていた。数分前に盛大に腹の音を鳴らし、玲は直ぐに自宅の冷蔵庫を見て数秒で仕込んであった生姜焼き用豚肉が入ったタッパーを出し、父親と兄の晩飯用の白米は既に焚き上がっている事は確認している。後はどうするか……中華鍋を出しコンロの上に置くやサラダ油をパッと入れ、コンロのスイッチを入れ、タレに浸された豚肉をパッと入れる。タレに酒が含まれている分火が上がるが直ぐに消える。肉をじっくり焼く……本来ならウィスキーで香り付けをするが運転もあるので止めておく。来客用の丼にご飯を装いキャベツの千切りを載せ生姜焼きを載せ御盆に箸をセットして道場まで持って来たのだ。
「美味い」
「よかったぁ、他人に料理出すの初めてだったから」
玲はホッとして隣に座るも表情は冴えない。
「あんな奴が居るのか?学校に?」
「はい」
玲が通う中学校は公立であるが校則は比較的にユルい……髪形も少しばかりは融通が通る、これには数年前に他県の公立高校で在る生徒が産れつき茶色の髪を生活指導の教員が無理やり黒髪に染める事件が起き裁判までもつれ込み、生徒側が勝訴……教育委員会や高校側も県の方針により損害賠償に応じるしかなかった。そうでなければ国会で問題視され、県の方にもとばっちりが及ぶ……これを勘違いする児童が出てくる事は仕方ない事だが親がそうなっているとややこしくなる。橘もそんな親子を相手にした事もあるので少しばかり分かる。
「そいつと喧嘩したのか?」
「一回だけですけどね」
この時は六月で梅雨真っ最中もあって誰もが不機嫌になる季節だ。校内にてクラスメイトの女子がその不良にしつこく迫られており、玲は彼に止める様に諭した……相手は上級生だったが悪いのは彼の方だ。数度の押し問答の末に彼の拳は玲の顔を目掛けたが空手を嗜んでいる玲は簡単に回避し腹に一発蹴り込んだのである。それを見た不良の仲間らが襲いかかるも玲は直ぐに応戦し教師らが来た時には全員KOされていたと言う。後日不良らはお礼参りに凶器まで持って自宅前に来たが高士の祖父と遭遇、瞬殺されて全員警察署に放り込まれた。
「あの一件は今でも笑い話になっているのよ」
「リーナ」
「あいつらも一度は絡んでくると思うけど遠慮なく歯でもへし折ればいいのよ……親は最低だし……碌な目に逢わないから」
「そうなのか?」
「有名な話よ……」
リーナも小学校時代に何度か絡まれたが何時も彼の保護者である母親は非を認めず反省の色は見せない……言ってみれば勘違いしている大人と言う感じだ。今年も既に何件が起こしているらしく一学期の途中から停学処分が下った事は学校の掲示板に張り出したので知っている。
「須崎の奴もとんだじゃじゃ馬の嫁さんを掴まされ、息子は我儘か……」
「お父さん……知っているの?須崎 賢冶の事を」
「知ってるの何も……彼の父親とは同級生だからなぁ、嫁さんが何処の没落旧家でな……誇りだけがたかくぅてな、家庭内でも大変らしい」
玲の父はネクタイを外してため息をつく。須崎家は地元旧家であるが故に“落ち毀れ”が出てくる……堅治もその一人であるがその父である須崎 龍冶も素行の悪さは高校の時には地元では知れていたが決して善良な他人には迷惑をかけずに寧ろ玲の父親と伯父と共に用心棒的な位置であり他校生絡みのトラブルも教師よりも頼れる存在であった。
「あいつもそろそろ向き合うだろうな」
その言葉の真意を知るのは暫くしての事であった。




・アートトラックのイベント準備


「今回は各自動車雑誌合同って言う形で実施されるから会場も河川敷だけじゃないのか」
「ええ、市の総合体育館広場も会場するのさ……今までは渋っていたけど維持費の事を考えたら客を選んでいられないのさ。数年前に天井パネルが落下して大惨事になる所だったからな……」
楠瀬 仁が言う事故は真夜中に起きており偶然にも警報装置の誤作動で来た警備会社社員の数cm先に天井パネルが落下したのである。警備会社社員は軽傷で済んだが時間帯が昼間なら死亡事故になっていた可能性もあって問題視された。件の総合体育館も老朽化が進んでおり天井パネル落下も接続金具の劣化が原因だ。緊急補修工事で如何にか安全性が確保されたが損害は見過ごせなくこれまでは市民感情上を建前に使用を渋っていた団体、即ち同人誌即売会やレイヤーイベント主催団体でさえも受け入れる様になりカスタムカーイベントがある事を聞いた市役所の担当部署が真っ先に楠瀬運輸の会長や三沢自動車の会長に伺った。そこから主催者側に伝わりあっという間に決まったのである。
「初めてだろ」
「シャコタンやリフトアップはな……三沢自動車はお披露目イベントした事があるし今回も出てくるから市長も承認のハンコを捺したのさ、まっシャコタンは族車と言うイメージもあるから仕方ないと思うけどね……」
仁の友人にも何人か愛好家が居るので口が籠る。
「リフトアップは問題無いとしてシャコタンは擦るだろ?駐車場は段差があるから」
「あの辺りは改修が予定されているから問題は無い」
会場周辺の歩道も道路も痛みが目立っているので秋には大規模な修繕と拡張が予定されており楠瀬運輸にも建機輸送の回送依頼を受けており仁が主にしている。
「社長に神山の親分、ここにいたんですか?」
「山崎か……どうだあちらの様子は?」
チョイ悪な風貌であるが言葉から出る軽快な若者感が出ている男はニッとする。
「先乗りしている各ショップの方々は概ね好評ですね……」
山崎 洋もカスタムカー愛好家であり楠瀬運輸では一般車両の輸送を主にしている。その関係上カスタムカーの輸送に関しては仁からも任されている。昔は鬼キャンやらやっていたが今は足回りよりも塗装や内装に凝っていると言う。カスタムカーと言っても様々でありここでは趣味による改造……エンジンや足回りを強化するチューニングも外見を変える事も含まれている。アートトラックも外見を塗装で変えるという点では含まれている訳だ。
「そろそろ昼だな……定食屋で済ませるか」
「神田川じゃないのですか?」
「アホォ、俺だって財布の限度ってある!」
神山の言葉に洋も納得した。大物芸人も食に飽きる事もあるのだ。



仁と神山、そして山崎の三人は馴染みの定食屋に入り其々注文をする……仁は愛妻弁当を持たされることもあるが本日は乗務では無いので外食と相成った。
「姪っ子の玲ちゃん、本日は?」
「ああ、近くの高校にある空手部に出稽古している」
「高校生相手で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、寧ろ相手している高校生が無事か心配になる」
仁はそう言いつつもニヤりとする……弟である将の娘だ。




「てぇやぁあああっ!」
ポニーテールに纏めた髪が揺れ道場に声が響いた瞬間、玲の拳は目の前にいる男子高校生の腹に突き刺さる。
「それまで!」
玲は直ぐに拳を下ろし中央線に戻り、対戦相手の男子高校生もそこへと戻り頭を下げる。
「ここまで強いとはねぇ」
「楠瀬の名を持つ娘と聞いていたけど大人しめじゃなかったの?」
「あれは仁さんの所で彼女は将の娘だよ」
「あれ?彼って息子二人じゃ」
「下の子が変性症になったのさ」
胴着に身を纏い竹刀を持つアラフォー男は呆れる表情で言うとジャージにTシャツ姿の女性教師は辟易する。どう見ても自分よりもボリューム満点な胸になった玲を見る。
「主将どうだ?」
「元ですよ、こんな事なら主力を合宿行かせるべきじゃなかったなぁ……」
初夏の県大会を最後に引退した三年生男子生徒は受験勉強の気分転換に汗を流しに来たが冷汗を流す羽目になった。先程玲に仕留められたのは二年生だ……最も彼はブランクがあるので仕方ないが。
「梶主将、ありがとうございます……」
「控えばかりですまない、主力が丁度合宿中で……」
「いえ……体格の差がやはり出ますよ」
胴着の上着を緩める。やはり熱い、武術では県内有数のこの高校で控えと言ってもヒヤりとする所は幾度かあった。
「それでもここに居る全員から一本を取るなんて大したもんだ……連続してね」
梶も不覚にも蹴りを貰い苦笑しつつもスポーツドリンクのペットボトルを渡す。
「二度目は無理です」
「そんな事は無いわよ、本当にこの胸でよくここまで動けるわねぇ」
顧問担当の女性教師も空手の有段者なので玲のポテンシャルには驚く。
「ねぇ?高校はどうする?」
「はい?」
「先生、まだ中学一年ですよ彼女」
「アッと言う間よ!空手連盟の試合成果も推薦入試の条件になるわ……確かあの中学校空手部が無いでしょ?」
玲が通う中学校には空手部が無いのでインターミドルには出てない、それ故に日比谷師範代の元には全国津々浦々に居る同業者から今でも空手部を作るべきだと言う声があると言う。
「そもそも、柔道を武術の必須教科にするから事故が増えるのよ……空手なら精々歯が飛ぶ位で済むのに、五輪競技だからって猫も杓子もするもんじゃないわよ!」
「先生?」
玲はびっくりした顔になるも梶は言う。
「先生は前の学校で遭遇しているんだよ、柔道による事故を」
高校柔道では全国区の強豪とあってその時の学校側の対応も拙く、責任逃れに終始する当事者を見ている。
「あの、考えておきます」
確かにここは工業科は県内で有数であり、専門校扱いになるが工業専攻科もある。



kyouske
2017年12月18日(月) 02時12分22秒 公開
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