第二次性徴変性症 18
・二人きりになる


玲は顔が少し熱っている事に気が付く。夏の暑さではない……熱さに。
「氷が無くなったぞぉ!」
「呑み過ぎよぉ……」
飲酒可能な年齢層である門下生の声に玲は直ぐに反応する。道場の冷蔵庫は標準的な家庭用である。門下生らの飲酒のペースと氷が融ける気温に製氷に追いつけないのだ。
「コンビニで氷買ってきます」
別の女性の門下生が傍にいた橘に言う。
「橘さん、荷物持ち……お願いね」
荷物持ちと言う名目の護衛、確かに玲の胸なら襲われてもおかしくは無い……最も玲の腕前なら心配は要らないが……。
「はい」
橘は直ぐに自動車のキーを確認、ハンドルキーパーの役なのでソフトドリンクのみにしている。
「自動車出してもらう訳には」
「コンビニで氷買い過ぎたら迷惑になるから、近くの大型スーパーにしなさい。せっかく自動車があるんだから」
何処からともなくクーラーボックスが二人の足元に置かれていた。玲の母親は気を利かせていたのだ。




玲の母親が言う大型スーパーマーケットは欧州に拠点を置く外資系ながらも品揃えも質も良く、料亭育ちの母親が気に居るのも無理は無い。進出の際に元は飲食店相手にしていた食品卸問屋が手掛けたスーパーマーケット運営会社を買収しただけに日本市場にすんなり定着感はある。玲の自宅から自動車で三十分もかからない場所にある。
「氷はこれ位でいいとして……ん?」
玲は袋詰めされたロック用氷を会計してトランクルームに置いてあるクーラーボックス入れるとスマホのLトークを見て呆れる。
「肴買って来いって……」
「お惣菜でいいかな?」
橘もこれを見越して自動車で行くように言われた理由がわかった。二人は再び店内へ入る……玲はお惣菜とはほぼ無縁であるのはやはり料亭が実家である母親の料理好きな所もある……最も彼女は酒を呑むと包丁と火は扱わない、酒の強さは父親譲りであるのだが……。
「お母さんは酒を呑むと食べるのが楽しみですから」
「……へぇ」
「うち、全員料理の基本は出来ますし作り置きもありますから」
だからお惣菜に頼る事は無いと言うか舌が本物を知っているだけに余程の事が無い限り食卓に並ぶ事は無い。時間帯から見ても量的にまだ余裕がある……ここら辺は新興住宅地やマンションが立ち並ぶエリアで共稼ぎも多いので結構品揃えが良い。
「おっ、橘じゃねぇか?」
「営業戦略課長……買い物ですか?」
「見ての通りだ……そちらの御嬢さんは?」
「空手道場の門下生ですよ」
課長は玲を見て納得した表情になり、お惣菜の定番である肉じゃがのパック詰めを手に取る。
「その道場の吞み会で……」
「そうか、アルコールが入ってないからか?」
「もちろんですよ」
温厚で人情味溢れる実質的に相談役である三沢自動車会長も社員の飲酒運転やその事故に関しては烈火の如く怒る……実は社長時代に立て続けに社員の飲酒運転や飲酒のトラブルが連発した事があり、高血圧で病院に担ぎ込まれるも何度かある。故に三沢自動車の社員は飲酒運転が発覚すると辞表を出す事も珍しくない。
「課長がここで買い物って?奥さんの手料理は?」
「修羅場だからねぇ」
「修羅場って何か?」
玲が言葉に困る様な表情になると営業戦略課長は言う。
「フリーのプログラマーでね……最初は片手間だったけどいつの間にか主力だよ」
「「……」」
「子供も其々自立しているから」
悲しげだけど悲壮感は漂っては無い。
「酒の席ならそこの焼鳥屋がいいぞ」
営業戦略課長の視線の先には焼きたての良い匂いがする焼き鳥各種が並ぶ屋台がある。ただスーパーとは別会計になる……。
「詳しいですね」
「営業畑していると身内や取引先との食事にも気を使うからな……自然とだよ」
彼は苦笑しつつもセルフレジで会計を済ませる。
「橘、黒山 竜也と同じ出身だったな?」
「ええ……あんまり好ましくない関係ですが?」
橘は表情を強張らせて言う。玲にもその関係が悪いと分かる程に怖い顔だ。
「こっちに来て接触は?」
「ないですよ……」
「そうか……あんな事になって数年後に仲直りって言うのはないな……すまんな無粋な話をして」
「大丈夫です、あいつが何かしたら」
「わかっているさ……総務法務対策に即動けるように段取りは取っている」
二人は買い物袋に品物を入れつつも会話している。既に橘もセルフレジで会計を済ませており玲は焼鳥屋で注文した品物を待っていた。
「……あの娘の為にもか?若過ぎるかもかもしれないが恋に年齢は関係ないぞ」
「流石に“本社工場の初代五時から男”ですね」
橘の言葉に彼はニッとする。




焼鳥のパックを幾重にも重ねたビニール袋を持つ玲……焼鳥屋の若い兄さんもこの量は経験した事もなく理由を聞いて納得していた。
「橘さん、あの人は?」
「本社工場の社員、ウチの上司と同期だからね」
「難しい事話してましたよね?」
「聞こえていたかな……何れは耳に入ると思うけどこいつを見かけたり話しかけられたら遠慮なく自分に連絡してほしい」
橘はスマホの画像を出し玲のスマホに送信する。如何にも悪そうな顔でブレザータイプの学生服を着崩しているしピアスもしている。学生時代がこんな感じなら今も悪い感じなんだろう……。
「……はい」
玲は返事する。つまり自分にも危険が及ぶ事を察したのだろう……。
「日比谷師範代には?」
「知っているさ……」
橘は呆れた表情になるが内面では鬼気が満ちた気持ちになっているのだろう。
kyouske
2017年11月03日(金) 01時56分45秒 公開
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