遺伝子組み換え作物の恐怖 |
真夏、とある地方の海水浴場……その一角にて特設ステージが組まれている。リゾートホテルに近いらしいが客足は良いとは言えない。 「湿気た所だ……」 「これでも昔よりはにぎわっている方さ……」 芸人のライトニング瀬川は地元らしく、相方のサンダー勘次郎に言う。大阪に出て芸人育成学校の同期だが当初は面識はない、互いに組んでいた相方が家庭の事情で去ってしまい途方に暮れた所知り合い活動を開始、初めての地方営業である。 「なんか、こうもりあがるもんないのかぁ?」 「機材の到着が遅れているんですよ……」 運営スタップは申し訳ない表情になる。サンダー勘次郎は何かを見つけた、それは機材置き場の片隅に転がっていたモノでボンベに消火器の噴出口が付いている。 「これってドライアイスか?」 「カラーパウダーだよ……色が付けた粉を噴出するものさ」 「それは……あ~ヴィッスが使う予定だったんですがキャンセルして」 ヴィッスとはここん所人気が出て来た同業者で、入れ替わる様に他の現場へと移動した後だ。 「じゃあつかっちゃおぅ♪」 サンダー勘次郎は使える者なら何でも使う主義だ。ライトニング瀬川は嫌な予感がした……が、依頼主は盛り上げてほしいと言う事で仕方ない。本当に芸人とはダークマターな職業で好きでないとやっていけないモノだな。 ステージ上で即席のネタをする二人……ストリートからやっているからこそ客の盛り上がりも分かる……思ったよりもニブい。時間帯が昼を過ぎた後だから子供も寝ているし、大人も活動的では無い。 「さぁ、今からワイがこの粉を被るでぇ!」 カラーパウダーの噴射ホースを真上にして噴射するサンダー勘次郎……ショッキングピンクの粉が舞う。 「(やばいな)」 ライトニング瀬川はアドリフでカラーパウダー噴射器を取り上げようとした瞬間、視界に火の塊が見え、何かの衝撃を受けた。そして意識を失った。 「……さん?沖瀬 順二郎さん?」 本名で呼ばれてライトニング瀬川は眼を覚ました。両手は包帯に包まれていて、点滴の管が見えた。 「ここは?」 「市民病院ですよ……粉塵爆発に巻き込まれて搬送されたんです。もう事故から一週間経過してます」 「粉塵爆発?」 「相方が使っていたカラーパウダーが蔓延してスポットライトの熱で発火……昔は炭鉱での炭塵爆発が多かったんですがね……可燃性の粉がある程度蔓延すると少しの火種で一機に燃焼するんですよ……カラーパウダーの材料はトウモロコシを使っていたので……」 起きあがろうとするも全身に痛みが走る。無理も無い水着姿でネタをしていたからだ。 「重度の火傷ですが皮膚移植で済みます……ただ」 主治医らしい男が言葉を選んでいる、表情から察して瀬川は云う。 「あいつは死んだのですか?」 「実は……三瀬 勘太さんは未だに意識を取り戻してません」 そうだろうな……あの時、上から火の塊が下りて来てあいつを包んだ。直観的にアレをキャンセルしたヴィッスの判断が的確だった。 「それどころか……肉体が変化しているのです」 「???」 「あのカラーパウダーは遺伝子組み換えのトウモロコシが使われていたのだよ……」 遺伝子組み換え食品はアメリカで承認はされたが表示義務が生じ消費者の拒絶反応により在庫を抱えていたらしい。そこでそのような規制が無いカラーパウダーに眼を付けた訳だ。カラーパウダーは海外ミュージシャンがライブの際に使用しており、日本のイベント業界でも徐々に認知され始めていた。ただ粉塵爆発の危険性もあると言う専門家らの警告も聞こえ始めていた矢先に……。 「製造元に問い合わせた所、ナノマシンが残留している恐れがあると言う事だ」 「……あいつの女体化は」 「大量に残留マイクロマシンが全身に入りこんだと推測されます、開発元も輸出先も別件で学者や社長が起訴されていましてね……」 主治医も困惑している表情を見せる。 「症例が改選され次第、大学病院への転院しますよ」 「待ってください、そこまで治療費が払えないですよ」 「そこら辺は医療費扶助が適用されます、後火傷治療の皮膚移植も治験と言う形でしますので……」 やけに手回しが良いのは前代未聞の症例と言うのとここまで酷い火傷の治験者なんて滅多に出ないからだ。医大も製薬会社もポンと金を出しかねない……。 「それと事故の件ですが……運営会社と所属事務所の方で責任を負うと……」 「相方を止めらなかった責任はあると思いますが」 「……その機材を用意した会社の管理責任です」 主治医の後ろに居た背広を着た男が名刺を見せる。弁護士だ……一連の動きも政財界に顔が利く祖父の差し金だろう。二男坊の自分が起した事件も当選には不利な材料になる……こんな時にはとっと既成事実を作っておけばいいのだ。 「年貢の納め時かな」 数ヵ月後、すっかり秋の季節になった外で松葉杖を使いつつも散歩をする沖瀬の姿がいた。爆風でステージから落下した割には両足の骨折で済んで運動機能に障害が及ばなかったのは幸いであったが芸人としては復帰しても仕事が来るのか……一応相方の意向も確認できないので所属事務所も無期自粛としているが……契約打ち切り通知が明日にも来るかもしれない。そう考えると今後の身の振り方も今のうちに決めておく必要もあるだろう。沖瀬にも女体化が起きるリスクもあるので火傷の治療がほぼ終わっているのに入院しているのはその為だ。 「はぁ……」 正直に言えば産まれながら堅苦しい家柄で大学に進学せずに芸人の養成学校に入り、必要なお金は貯金を使い、足りないのならバイトもした……芸人を目指したのは訳がある、それは人に笑いを齎したいからだ。これも堅苦しい家で育った反動だ。 「(その夢もおわったか)」 ベンチに座りつつも今一つ踏ん切りが付かなかった。 「ん?」 何時の間にか眼の前に可憐な女性、身長から察すると少女かもしれない子が目の前で立っていた。 「俺や」 「……」 「なんや、余りの絶世の美少女ぷりに言葉が出ないのかっ?」 「お嬢さん、からかうのは……」 「研究生10-789号だったな」 それは関係者でも極僅かしか知らない筈の自分が芸人養成学校に通っていた頃の番号だ。 「いや~~苦労したわ、なんせここまで変わる事はアメリカの研究機関も想定せーへんでウチなアメリカの研究機関に転院させられそうになったんや」 サンダー勘次郎は苦笑するが、喋らなければ美人なのに……沖瀬は唖然として言う。 「お陰で日本政府まで出て来てたいへんだったんやね」 「あのな」 「コンビは解消や……こうなってしもうたは責任はあるが、わでが被る、もうあんさんの爺さんや親父さんともナシつけたわ。二人ともあんさんの事は悪い様に扱わへん……確か運送業でバイトして四t車とかのれるやろ?」 「出来るが……」 「あんさんの祖父が懇意している運送会社社長がこないかって……」 「お前はどうするんだよ」 「まあ……これはお国の都合でサンダー勘次郎、本名三瀬 勘太は“急性多臓器不全により死亡した”となっているはずや…まっ、わでは天涯孤独だし……」 気が付けば黒服が周囲を警戒している。明らかに国の機関、しかも粗っぽい仕事をする面々と素人にも分かる雰囲気を出している。 「バイナラや……」 美少女となった三瀬はニコっとほほ笑むとキスをした、そりゃあ営業先で何度かした事があるが……。 数ヵ月後、年が明けたその日……私は現場に出ていた。三瀬の言う通り退院して実家で過ごす事になる。住んでいたアパートは入院中に他の兄弟らの手腕で引き払っており荷物は実家の自分の部屋に押し込まれていた。親父も祖父も非難こそしなかったが……兄やら従兄弟らは芸能界の実情知らずに祖父や父の不満の代弁するか様にアレコレ言って来たので年末年始はフルシフト状態で実家に帰らずにいた。まぁ彼らは将来的には国政進出(=選挙戦に出馬)したいと言うのは私も薄々気が付いていたのでぐうの音も出なかった。 「沖瀬さん、大丈夫なんですか?」 「実家に居ずらいからね……なにっ、後遺症もなんも無いから」 年末年始でも物流は止まらない。近頃はこの時期でも店を開いている業種も増えたのでますます忙しい……前の職業で問題を起したのも同然の私ですら大事に使ってくれるのはありがたいと思う。助手席に座り眠気覚ましの栄養ドリンクを運転席に居る“先輩”に渡した。 「辛いんだな」 「わかります……だけど、今はこの仕事をしておかないと」 今の仕事は大手コンビニに品物を補給する事だ……倉庫と担当店舗を回る。 「でも、沖瀬さんが来てから職場が明るくなりましたね」 「中々昔の癖が抜けくってねぇ……」 世間では三瀬は闘病の末に急性多臓器不全を起して死亡、これに伴い私は引退したとなっている。案の定、世間の連中はやはりと思っていたらしい……別に批判される事も同情される事も無く今では忘れ去られている感もある。 「さてと……来週は冬季コミケジャングルの応援か」 「同人誌即売会の事ですよね……」 「本当に誤発注かと言う位に注文が来るからなぁ……」 車内に置いてある小さな卓上カレンダーを見た先輩はうんざりする。昔は東京で開催されていたが五輪後は諸事情によりわりと大きな都市での開催されるようになり、各地方自治体での誘致合戦が過熱気味である。私が住む所でもダメ元で誘致したら承諾、お陰で会場になる大規模展示場周辺にある各社コンビニ店舗も準備を進めている。 「沖瀬さんは?」 「イベントに呼ばれるほど売れて無かったからねぇ……」 そう告げると先輩は苦笑する。 『-次のニュースです、韓国ソウル市にてニューイヤーイベント最中に爆発事故が発生しました。警察消防当局の発表により、イベントで使用されたカラーパウダーに誤作動した仕掛け花火の火花により粉塵爆発が発生、死者二名の他多数の重症者がでてます……ソウル日本大使館では日本邦人の負傷の有無を確認を進めてます。なおカラーパウダーの原材料に遺伝子組み換え作物が使用された疑いがある中での爆発事故……ー』 ラジオから流れたニュースを消すように私は電波を変えた。 「(こりゃあ大変かな)」 私はため息をついた。 |
kyosuke
2015年09月27日(日) 22時04分39秒 公開 ■この作品の著作権はkyosukeさんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 | |||||
---|---|---|---|---|---|
感想記事の投稿は現在ありません。 |