再生医療のリスク
 大学病院の緊急外来にその患者が運ばれた時には百戦錬磨のスタッフらも思わず言葉を上げた。全身の皮膚が剥がれ頭髪すら無い、出血が至る所にある……虫の息で会話すら出来ない。辛うじて持ち物に運転免許証があり身元が確認できた。
「皮膚移植バンクに問い合わせますか?」
「一応な……こりゃあIPS細胞採取。とりあえずバイタルを安定。それからだ」
主治医の御堂川 諒介はこんな酷い状態なら経験上目の前の男は天に召されるのも時間の問題と思う。ナースステーションのベットが空いていてラッキーだったなと言いたい。
「どうなったらこんな事故になる……ここまで酷いのは初めてた」
ドクターカーで応急処置した医師らから聞くと事故現場は最寄りの峠で、昔から死亡事故が絶えない場所だ。しかもガードレールの先は谷と言う個所も多い。この患者はドクターヘリで搬送しなければ今頃は霊安室で次は葬儀業者のお仕事だ。


その夜、運転免許証のお陰で家族には警察を介して連絡が付いたがどうも患者とは上手く行ってないらしい……家庭の事情がモロに出るのもこんな時だ。
「皮膚移植が出来ないと……先生」
とりあえず連絡を受けて駆けつけたのが患者の兄……河崎 誠一。名前通り高河家の長男であり患者である河崎 誠二は二男坊って言う事だ。
「正直に言えばこの状態で小康状態に保っている事自体“奇跡”です。皮膚移植バンクからは適合するシートは予約してますがそれでも足りません」
普通皮膚移植は他の個所から患部に移植する“自家移植”が望ましいが目の前で虫の息である誠二はそれが出来ない。全身包帯が巻かれ宛らミイラにも見える……。
「失礼ですが河崎製薬の……」
「はい、自分は本社総務課ですが祖父は創業者の一人です……父は社長をしてます」
やはりそうか……こりゃあ転院もあり得るな、正直こんな状態の患者を受け入れてくれる病院とその医師には合掌しておこう。
「転院をお考えですか?」
「はい、何か拙い事でも」
「正直に言えば何時急変しても不思議ではないのです。無論手は尽くします……ただ転院出来るのは何時頃かは分かりません」
「分かりました、弟をお願いします」
彼は静かに頭を下げた。



 河崎 誠二が事故にあった状況も分かって来た。まず彼は大学生でバイクでのツーリングを趣味を持ち事故現場になった峠には何度も走っている。走行中に前を走っていたトラックが車線をはみ出した対向車と衝突、先頭を走っていた誠二はそのまま事故を回避する事も出来ずに転倒、しかも事故車からガソリンとオイルが漏れ発火、炎の中に突っ込んだ形になる。
「御堂川君。分かっていると思うが……その難しい患者でね」
「こうなると正直お手上げです……理事長、確かに我が大学病院も河崎製薬にはお世話になってますが……」
理事長に呼ばれる事は分かっていた……まあ彼は医師ではないので分からないがこの状態で三日目まで生きているだけでも上出来。
「私に出来る事は無いのかね?」
「理事長、確か厚生労働省方面にはめっぽう強い先生と竹馬の友と聞いてますが……」
「……何だね?」
「私の恩師は再生医療の名手ですがバレると倫理上煩いので……河崎さんの症例は何時急変してもおかしくない状態です。ダメで元々です……恩師は経営側責任者の承諾があれば直ぐに来ます、(医療)現場の責任者は既に承諾してます」
理事長はヤレヤレと言う表情になりスマホを手に取る。


数日後、河崎 誠二の両親と兄は提案を聞いていた。
「……全身再生治療」
「ええ、これはマウスでの試験では成功してますが人間で試すのは初めてですね……ぶっちゃければ人体実験です」
恩師の身の蓋も無いセリフに御堂川は苦笑する。
「これは法律倫理上違反になります……世間に露呈すれば河崎さんの仕事にも影響を出します。そちらは理事長の御友人が如何にか抑えますが」
「……親父」
「誠二を頼みます、必要な薬品に関してはこちらから提供します」
「貴方……あの子は」
「例えあの男の血が入っても我が子だ」
「教授、お願いします」
「腹をくぐれよ」
全く、平穏に定年まで勤めたいと思うが世の中そうはさせないのである。



数日後、河崎 誠二はそのまま大学内の研究室に移された。
「システム異常ありません」
「独立電源システムもOKです」
「諸君、全ての責任は私がとる、目の前にいる患者がどうなっても恐れるな」
SF映画に出て来る円錐形カプセルに誠二を入れる……意識が混濁しているが状態は安定している。
「御堂川君、いいのかね?」
「たまには後輩を育てないといけませんで……余程の事態にならない限りはここにいますよ」
液体が満たされる……もはや後戻りはできない。正直正攻法で及んでも彼は何時急変して天に召されてもおかしくない。そんな時は医者にとっては一番辛い。




それから二ヶ月後……誠二の体は修復……と言うよりは変化を起してしまった。どうも車輛火災の際に積まれていた薬品も漏洩しておりこれが細胞を再生する際に性別を変えてしまったそうだ……即ちカプセルの中には可憐な女性が眠っている。
「ポータブルでもハッキリわかる程に完全な女性器に乳房が出来ているからね……どーするの、ダーリン?」
産婦人科医でもある妻、恵美子も想定外の事態にジト眼になる。
「戸籍に関しては理事長経由で如何にかなる、後は家族の問題だ」
とは言え、世間に露見する前に大学病院には辞表を出す事にした。
「御堂川先生、意識が戻ります」
「さてと、どう説明するべきかな」
私は髪を掻きならして呟いた。



「……と言う事だ、性器に関しては染色体の損傷で女性器が再生してしまい、脳も切り替わったと思われる」
「……俺がこんな美少女の姿になったのも」
意識を取り戻した彼が見たのは見た事も無い巨乳であり、産まれた時から見慣れたモノは失っていた。とりあえず検査服を着て眼の前の医師から事情を聴いていた所だ。
「とは言え君をこの様な治療をしなければ今頃は生きて無かった可能性が高かった……出来れば本人の承諾を得たい所だったが時間が差し迫っていた訳だ、君の父親が承諾し必要な資材も提供してくれた」
「親父が」
そこに両親と兄が来る。
「気が付いたか……全くこんな事になるとは……」
「兄貴……」
「出来ればもう少し背が小さい方が好みだったな、それとお兄ちゃんって甘い声で……」
母親のハンドバックが誠一の後頭部にヒットするのも無理は無かった。



河崎 誠二はその後“河崎 静子”として戸籍の性別変更された。大学側は両親が寄付金で異論を出す事が出来ない状態にして在学する事を黙認したのである。私も小さいながらも医院を開業した……資金援助も社長夫人が申し出たのでトントン拍子に進んだ、どうも娘が欲しかったようだ。


終わり
kyouske
2015年07月02日(木) 02時03分40秒 公開
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